著者のコラム一覧
金井真紀文筆家・イラストレーター

テレビ番組の構成作家、酒場のママ見習いなどを経て2015年から文筆家・イラストレーター。著書に「世界はフムフムで満ちている」「パリのすてきなおじさん」「日本に住んでる世界のひと」など。

「イラク水滸伝」高野秀行著

公開日: 更新日:

「イラク水滸伝」高野秀行著

 スマホの乗り換え案内を見て家を出る時間を決める。駅の手前のATMでお金を下ろし、すかさずPASMOにチャージ。ホームに着くとちょうど急行が入線してきて、よしよし万事順調だ。──かくてわたしは「段取り国」を生きている。便利で快適だけど、電車が数分遅れただけでイライラする、そういう国だ。

 さて、毎度日本の常識がぜんぜん通じない土地に出かけて行き、ディープなノンフィクションをものにする高野秀行さん。新刊の舞台はイラク、それもチグリス川とユーフラテス川が交わる巨大湿地帯だ。なんでも数千年前からアウトローやマイノリティーが逃げ込んでくるアナーキーな土地で、独裁者サダム・フセインにも過激派組織ISにも負けなかったくせ者たちの巣窟だとか。

 分厚い本は驚愕のエピソードに満ちていた。とりわけ印象深いのはかの地の人たちの「段取りゼロ」流儀。目の前に難題が立ちはだかったとき、彼らは事前に見通しを立てることもなく、仕事の役割分担もせず、その場で思いついたことをいきなりやっちゃう。失敗しても一切落胆せずに、また次に思いついたことをやっちゃう。「見切り発車とその場しのぎの連続」と高野さんも呆れている。段取り国・日本では決してお目にかかれない光景だろう。ところが大騒ぎしているうちに難題は見事解決するからさらに呆れてしまう。はー、すごい。世界は広い。

 登場人物が湿地帯のくせ者たちということで、中国の物語「水滸伝」に見立てた仕掛けも楽しい。ジャーシム宋江とかアヤド呉用とかヘンテコなあだ名が付けられるたびに噴き出した。

(文藝春秋 2420円)

【連載】金井真紀の本でフムフム…世界旅

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    巨人が戦々恐々…有能スコアラーがひっそり中日に移籍していた!頭脳&膨大なデータが丸ごと流出

  2. 2

    【箱根駅伝】なぜ青学大は連覇を果たし、本命の国学院は負けたのか…水面下で起きていた大誤算

  3. 3

    フジテレビの内部告発者? Xに突如現れ姿を消した「バットマンビギンズ」の生々しい投稿の中身

  4. 4

    フジテレビで常態化していた女子アナ“上納”接待…プロデューサーによるホステス扱いは日常茶飯事

  5. 5

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  1. 6

    中居正広「女性トラブル」フジは編成幹部の“上納”即否定の初動ミス…新告発、株主激怒の絶体絶命

  2. 7

    佐々木朗希にメジャーを確約しない最終候補3球団の「魂胆」…フルに起用する必要はどこにもない

  3. 8

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 9

    フジテレビ「社内特別調査チーム」設置を緊急会見で説明か…“座長”は港社長という衝撃情報も

  5. 10

    中居正広「女性トラブル」に爆笑問題・太田光が“火に油”…フジは幹部のアテンド否定も被害女性は怒り心頭