最後の1ページまで目が離せない 最新サスぺンス本特集
「スメラミシング」小川哲著
予想外の展開に翻弄され続けるのがサスペンス小説の醍醐味。今回は、宗教と信仰をテーマとした作品や、過去からの再生を描く人間ドラマ、そして現実の事件を題材とした重厚な物語など、最後の1ページをめくるまで作家の世界観に没頭できる4冊を紹介する。
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「スメラミシング」小川哲著
直木賞作家の著者がおよそ1年ぶりに上梓した本作は、宗教や信仰をテーマとした6作からなる短編集である。
表題作の舞台はコロナ禍の日本。支離滅裂で抽象的なツイートが特徴の「スメラミシング」を名乗るツイッターアカウントがあった。開設当初はフォロワー数10人の目立たない存在だったが、「バラモン」と呼ばれるフォロワーたちにその内容を考察され、実はすべてが予言的内容であるとされてからは、カリスマアカウントとして崇拝の対象になっていた。
「タキムラ」もバラモンのひとりであり、コロナ陰謀論などを主張する人々のよりどころとなっている。一方で、世界を破壊したいという欲求に駆られているタキムラにとっても、スメラミシングは救世主だった。スメラミシングとは、いったい何者なのか。
キリスト教や仏教という狭義的な意味での宗教だけを取り上げるのではなく、何かを信仰するという人間の行いの虚妄と救いの両面を描くエンタメ作品だ。
(河出書房新社 1870円)
「サブ・ウェイ」佐野広実著
「サブ・ウェイ」佐野広実著
穂村明美は、地下鉄内でのスリや痴漢防止を担う私服警備員。東京メトロと都営地下鉄が共同で設置した警備会社に所属し、地下鉄に乗車しながら車内の異変に目を光らせている。
あるとき、銀座駅で不審な中年女性を発見する。彼女は6歳の息子が行方不明だと話し、その直後悲鳴を上げながら倒れ込んでしまった。実は今から5年前、彼女の息子が誘拐され殺されるという事件が起きていた。銀座駅は身代金受け渡し場所であり、女性は今でもこうして息子を待っていたのだ。
そんな彼女の姿に、明美は自分自身を重ねていた。2年前、明美の恋人の要一が殺害された。死因は脳内出血。地下鉄五反田駅で発見されたが、防犯カメラを調べてみると麻布十番駅で何者かと揉め、殴られている映像が見つかっていた。しかし犯人は捕まらず、明美は事件の手がかりを掴むために私服警備員になっていたのだ。
江戸川乱歩賞受賞作家が紡ぐ、鉄道を舞台としたヒューマンサスペンス。
(PHP研究所 1980円)
「抹殺」柴田哲孝著
「抹殺」柴田哲孝著
廃棄と説明していた日報が保管されており、当時の稲田朋美防衛相が辞任に追い込まれた「自衛隊日報問題」にヒントを得た軍事サスペンス。
物語は、2016年7月に発生し海外では大々的に報道された、南スーダンの首都ジュバでの戦闘から始まる。この日、ディンカ族のキール大統領率いる南スーダン政府軍と、ヌエル族のマシャール副大統領側の反政府軍が武力衝突。政府軍は国連施設に近いテレイン・ホテルを襲撃し、国連の女性職員らに対して集団レイプを働いた。さらに、ヌエル族のジャーナリストは他の記者の前で公開処刑された。
それから7年後、日本で元自衛隊員が相次いで死亡する事件が起こる。彼らはあの日、首都ジュバにPKO部隊として派遣されていた特殊作戦群、通称“S”のメンバーだった。仲間の死に疑惑を持った元Sの風戸亮司は、事件の真相に迫っていく。
ノンフィクションであるかのような錯覚を覚える本書。真実を見極めることはできるだろうか。
(光文社 2090円)
「その時鐘は鳴り響く」宇佐美まこと著
「その時鐘は鳴り響く」宇佐美まこと著
赤羽のとある団地で、資産家男性の遺体が発見される。被害者は根岸恭輔61歳。首の左側が大きく切り裂かれ、血の海で苦悶の表情のままこと切れていた。赤羽署の黒光亜樹は“事故人材”として知られる捜査一課の榎並とコンビを組み、捜査に当たっている。
時を同じくして、松山大学マンドリンクラブのOGである国見冴子は、取り壊し予定の部室の清掃のため仲間たちと30年ぶりに母校を訪れていた。大学生活最後の夏合宿の日、指揮者の高木圭一郎とコンミスの篠塚瞳が演奏のことで口論となり、その後、瞳が森の奥の崖下で遺体となって発見されるという事件が起きていた。
事故として処理されたものの高木は大学を辞めて失踪。今も行方が分からないままだった。
ところが、30年たった今、部室の黒板に高木の真新しい筆跡が見つかる。冴子たちは高木の行方を追うのだが……。
30年の時を超えて真実が明らかになる、慟哭のサスペンスだ。
(東京創元社 1980円)