「格闘技が紅白に勝った日 2003年大晦日興行戦争の記録」細田昌志著/講談社(選者:中川淳一郎)
細部に宿る怪しさに引き込まれる
「格闘技が紅白に勝った日 2003年大晦日興行戦争の記録」細田昌志著/講談社
2024年の大晦日は格闘イベント「RIZIN」が盛況のうちに幕を閉じたが、放送はU-NEXTとABEMAによるものだった。21年前の大晦日は日本テレビ(イノキボンバイエ)、TBS(Dynamite!)、フジテレビ(PRIDE男祭)が格闘技の中継をし、NHK紅白歌合戦に勝負を仕掛けたものだ。
本書は、いかに日本で格闘技ブームが隆盛を極めたか、そして、2003年大晦日に「曙太郎VSボブ・サップ」が紅白に視聴率で4分間勝るにいたったか、が克明に記されている。そして格闘技界特有の引き抜き合戦やら、利権、駆け引きなども描かれている。
登場人物は石井和義、川又誠矢、アントニオ猪木、百瀬博教、谷川貞治、森下直人、川村龍夫ら。百瀬については「PRIDEの怪人」の異名を取ったが、ここに登場する全員、「格闘技の怪人」だ。
こうしたクセのある人々が格闘技を盛り上げていくわけだが、テレビ局の思惑やヒクソン・グレイシーやミルコ・クロコップ、アントニオ・ホドリゴ・ノゲイラら海外のビッグネームとの交渉などもヒリヒリする展開が続く。最終章は「勝者なき戦争」だが、あの大晦日を頂点とし、PRIDEと暴力団との癒着報道からフジテレビが同イベントを切ったり、カネをめぐる各種裁判の勃発など、「宴の後」的な寂寥感を感じてしまう。
とはいっても、奔走する石井館長や猪木の姿などには仕事人としての優秀さを実感できるのがイイ! 高額ギャラをふっかけるノゲイラに対し、国立競技場で行われた歴史的格闘イベント「Dynamite!」で、体格で勝るボブ・サップをぶつけてノゲイラを潰そうと画策した、といった記述は「あの不可解なマッチメークの意図はソレか!」などと答え合わせになる。
あまりにも人間臭い感情同士のぶつかり合い、札束攻勢などが展開するが、やはり格闘技というものはどこかうさんくさいと魅力が増す。その中でも白眉なのが、2002年大晦日の「イノキボンバイエ2002」におけるアントニオ猪木による野村沙知代ビンタ事件である。猪木はまずこう叫ぶ。
「ぶっ飛ばしたいやつがいる。野村沙知代、出てこい」
猪木は「世の中の怒りをぶっ飛ばせー」と叫び、サッチーに張り手を食らわせる。すると彼女は張り手で返し、「次の瞬間、猪木は倍以上の強さで野村沙知代を張り倒した(中略)このパフォーマンスに何の意味があったのか分からない」とこの騒動はここで終わる。
もちろん、曙をリングに上げるまでの権謀やら根回しといった部分も本書の醍醐味なのだが、細部に宿るこの怪しさも魅力である。なお、RIZINでは桜庭和志の息子・大世が見事に勝利。あの時の格闘技界がまいた種は確実に育っているのである。 ★★★