「スタジオジブリの美術」スタジオジブリ責任編集 武重洋二監修
「スタジオジブリの美術」スタジオジブリ責任編集 武重洋二監修
「風の谷のナウシカ」(公開1984年)から「君たちはどう生きるか」(同2023年)まで、宮崎駿監督がこれまでに世に送り出した名作をはじめ、スタジオジブリによる劇場公開作品全27作の背景美術を紹介する豪華アートブック。
背景美術は、映画のいわば脇役ではあるが、宮崎監督は、かつて「アニメーション映画における美術は、映画の品格を決める決定的役割を持っていると思う」と語っている。
先鋭のスタッフたちが手間と時間を惜しまず、監督のイメージを映像化した背景美術は、それ自体がひとつの作品となっており、どれも見ごたえがある。
たとえば「となりのトトロ」(同88年/美術監督・男鹿和雄)で主人公のサツキとメイ一家が新たに暮らすことになった緑豊かな集落に立つ一軒家。
日本家屋の一部が洋館風の趣となっているあの家だ。
その家の全体を描いた背景美術を改めてじっくりと見ると、青い空に浮かぶ雲や右側に迫るこんもりとした森など、豊かな自然に囲まれて、街から引っ越してきた主人公の姉妹の冒険が始まることを予感させるとともに、手入れがされてなく雑草が伸びた広い庭や、閉まったままの雨戸など、この家が長らく人が住んでいないことも暗示され、不安も抱かせる。
ページを進めると、別のアングルから描かれた家の外観に、お父さんの仕事部屋やすのこが敷かれ井戸がある土間の台所など室内の各部屋の様子まで。映画を観賞中はストーリーの流れに沿って通り過ぎていく背景美術をこうしてじっくりと眺めていると、そのストーリーを知っているだけに、新たな発見があったり物語のさらなる理解に気づいたりする。
「もののけ姫」(同97年/美術監督・山本二三、田中直哉、武重洋二、黒田聡、男鹿和雄)では、あの深い森のさまざまな表情をとらえた作品と並んで、物語の冒頭で主人公のアシタカが「タタリ神」を見つけるエミシの村の物見やぐらと、そこにいたる小道が印象的だ。
丸太を組み合わせただけのシンプルなやぐらや小道の両側の石垣の、その丁寧な仕事ぶりから、舞台となるエミシの村の人々の暮らしまでが伝わってくる。
以降、「千と千尋の神隠し」(同01年/美術監督・武重洋二)の湯屋「油屋」のあの威容や、記憶にも新しい「君たちはどう生きるか」(美術監督・武重洋二)の洋館など、おなじみの名作の世界が次々と展開。背景画ゆえに登場人物などのキャラクターは登場せず、じっくり眺めていると自分自身がそれぞれの映画の世界に入り込んだような気になってくる。
収録された全844点もの作品の中には、画面の隅に製作中の指示が書き込まれたものなどもあるほか、武重洋二氏へのインタビューも添えられ、ジブリファン、アニメファンのお宝となること間違いなしの一冊だ。
(パイ インターナショナル 1万3200円)