「滝の白糸」で難役 背中の壱太郎&セリフの松也の芸達者
歌舞伎座は先月に続いて、仁左衛門・玉三郎が客席を沸かせている。夜の部で2人は「於染久松色読販」「神田祭」と続けて共演。前者では悪人夫婦の役で楽しませる。昨今の歌舞伎座は道徳的に正しい内容の芝居が多いので、こういう「悪の魅力」を見せてくれると新鮮だ。
「神田祭」はもともとストーリーなどないに等しい。仁左衛門の鳶頭と玉三郎の芸者は、リアルとか自然という次元を超え、芝居であることすら感じさせない。仲のいいカップルのあいびきを盗み見ているようで、見ているほうが恥ずかしくなるほどだ。
劇場全体が和やかというか幸福感に満ちて前半が終わるが、後半の泉鏡花原作の「滝の白糸」で一転、暗くなる。中村壱太郎が初役で主人公の水芸一座の太夫「滝の白糸」を演じ、尾上松也が相手役の青年「村越欣弥」。この芝居を何度も演じてきた玉三郎が演出を担う。明治が舞台で、もとは新派の人気演目だが歌舞伎としての上演だ。
クライマックスは法廷シーン。舞台奥に一列に裁判官、検事、弁護士が並び、客席を向いている。ある殺人事件の証人として滝の白糸が呼ばれて証言するのだが、裁判官たちに向かって証言するので、その間、白糸役の壱太郎はずっと客席に背を向けている。観客に顔を見せないで、感情、心情を伝えなければならない、文字通り、「背中での演技」が必要となる難役だ。歌舞伎はたとえ不自然であろうが、役者は常に客席に向かってセリフを言うから、これは歌舞伎的ではない。