昭和虞美人草 高をくくり続ける日本人への“ロックな呪詛”
マキノノゾミは漱石の原作を換骨奪胎し、漱石の時代精神への違和感を物語の中にきっちりと押し込んだ。
漱石は書く。
「発展を進める社会は次第に贅沢になっていき、多くの人は次第に『死』について考えなくなるために、道徳を踏みにじっても、生きていけるから大丈夫であると高をくくっていく」「襟を正して道義の必要を今更の如く感ずるからこそ(死は)偉大なのである」
劇中で宗近が言う「戦争に負けた後で皆が襟を正した……」というセリフが痛みを伴って迫る。
それは戦後76年、ノド元過ぎればおびただしい死を忘れ、高をくくって生きてきた日本人に対する鋭い問いであり、3・11の原発事故からわずか10年で記憶喪失になったかのような我々に対する呪詛(じゅそ)ともいえる。
驕慢な藤尾を演じた鹿野真央が強烈な印象を残した。この作品を統べるのは彼女の蠱惑(こわく)的な魅力であり、要となる斉藤、上川、植田らの絶妙なアンサンブルを引き出した西川信廣の緻密な演出に負う。ほかに高柳絢子。23日まで文学座アトリエ。27~29日は岐阜県・可児市文化センター小劇場で上演。
★★★★