飯野矢住代誕生秘話<22>周囲に歓迎されなかったスター歌手Sとの儚い恋
さらに回想は続く。
「彼のパジャマを着たわたしに幾度もキスをしながら、彼はやさしく全身を愛撫してくれた。あたしのからだの芯は熱く燃えて、彼のそれを待っていたのに、(中略)あたしをもっと激しく抱こうとしたとき、どういうわけなのか、“待って”といってしまったの。“いま何もなければ、ぼくの愛を信じてくれるかい”そういって彼はやさしくあたしの髪を撫でてくれたわ」(同)
山中湖で一晩中愛し合ったこともあれば、深夜の六本木で肩を組んで歩いたこと、好きな歌をデュエットしたこと、矢住代の脳裏に楽しい記憶が積み重なる。「思い込んだら命懸け」の彼女らしく、「間もなく結婚話が持ち上がった」のも当然だった。
しかし、結論を言うとそこまで進まなかった。2人の仲は周囲から歓迎されなかったのだ。当時、午後の空いた時間に日本舞踊の稽古に通っていた矢住代だったが、Sに夢中のあまり、稽古に行く足が遠のいた。見かねた母の辰子が、矢住代はおろかS本人にも不満を漏らしたというから厄介である。Sにとっていい迷惑と言うほかない。