五木ひろしの光と影<18>「先輩、実は新しい芸名が付いたんです」と青年・三谷謙は言った
所属事務所まで決めて山口洋子はプロデューサーとして三谷謙の再起に着々と手を打った。後は「全日本歌謡選手権」で勝ち進むだけである。7週目(「伊太郎旅唄」橋幸夫)、8週目(「君は心の妻だから」鶴岡雅義と東京ロマンチカ)、9週目(「博多の女」北島三郎)と勝ち進み、ついに10週目を迎えた。
場所は和歌山県民文化会館。曲は「雨のヨコハマ」という三谷謙自身のシングル曲だった。言うまでもなく有名な曲ではなかったが、存在をアピールするのにこれほどふさわしい曲もなかった。再デビュー曲が「よこはま・たそがれ」というのも念頭にあったのかもしれない。三谷謙は、見事10週勝ち抜いた。
龍反町が事務所で三谷謙の姿を見たのは、数日後のことである。「三谷君おめでとう、やったな」と声をかけると「先輩、実は新しい芸名が付いたんです」と青年は言った。
「三谷謙」という名前をこれほど広めたにもかかわらず「再出発には新しい芸名を」という山口洋子の意向で、やはり「姫」の常連客の作家五木寛之から拝借して命名されたのだ。
歌手「五木ひろし」はこうして誕生した。(つづく)