<176>遺言書の裁判では切り札にならないが、筆跡鑑定は重要
1審判決では、長男の遺言書が後に書かれたと認められて勝訴、これに対し三男の妻が遺言無効の訴えを起こした。その際に筆跡鑑定で頼ったのが、筆跡学の権威で神戸大教授(現在は名誉教授)の魚住和晃氏であり、長男側が頼ったのは科捜研のOBであった。警察のプロ対アマチュアの戦いとも言われたものだ。
魚住氏は1997年5月に起きた神戸児童殺害事件で、当時14歳の少年Aが神戸新聞社に送った犯行声明文の解析をしてくれと同社から依頼された。当時は犯人像を30歳ぐらいとする報道が多かったが、「狂気が含まれるこの声明文を書いたのは真犯人であり、難しい漢字を使っているがそれはカムフラージュのためで犯人は幼い年齢であろう」と見事に看破したことでも知られている。
魚住氏は字体を科学的に検証し、布の書き順や「喜」という字の頭の「士」が「土」となる先代特有のくせなどを見いだした。そのほか、布の最初の2画「ナ」の書き順が三男が所有していた遺言書と一致していることなど、三男が預かっていた遺言書が本物で、長男のものは偽造であるという鑑定を提出して、裁判ではそれが支持されたのである。
今回も野崎幸助さんの遺族である原告側は、筆跡鑑定の神様とも言えるような魚住先生に遺言書の鑑定を依頼したのであった。それは田辺市側の「いちゃもん」に端を発している。田辺市は寝た子を起こしてしまったのである。(つづく)