【追悼】篠山紀信さん 山口百恵と宮沢りえと金庫の中の「箱たち」
中森明夫(作家、アイドル評論家)
「写真ってのはさ、イタダキなんだよ」
篠山紀信は、そう言った。ともかく一番いい場所へ行って、パパッとシャッターを押して、すかさずイタダく。クリエーティブだなんて大層なもんじゃない。「アタシはイタダキ写真家ですよ」と笑った。
篠山紀信氏が亡くなった。享年83。1990年代、私は篠山と仕事を共にしていた。「週刊SPA!」の巻頭グラビアページ<ニュースな女たち>である。話題の女性を篠山が撮り、私が文章を寄せる。11年間、570回も続いた。毎回、撮影に立ち会っている。
鈴木その子や山野愛子の豪邸や、きんさん・ぎんさんの名古屋のお宅や……初対面の他人の家へずけずけと上がり込んで、写真を撮った。「ま、引っ越し屋か、泥棒か、篠山紀信ぐらいのもんでしょ。人さまんちに入り込んで仕事するなんて」と笑う。「撮ることは、盗ることだよ」とも。けど、感謝される。「合法的な泥棒だな」と篠山は独自の写真=イタダキ論を展開してみせた。
さながら怪盗アルセーヌ・ルパンか、怪人二十面相か……アッという間の早ワザだった。ともかく、速い。疾風のように現れて、パパパッと撮って、ドロンと消える。被写体は、いつの間にか撮られて(盗られて?)いる。完全犯罪だ。「アタシの撮影は指圧みたいなもんだよ。シャッターを押すんじゃなくてツボを押す」とうそぶいた。
篠山紀信の代表作は? と問われて「次に撮る写真」と答えた。過去を振り返らない。昔話ばかり要求されると、嫌な顔をする。それでも私が「山口百恵を撮った時は? 百恵ちゃんはどんな女の子だったんですか?」とモモエ、モモエとしつこく聞くので、こんな逸話を教えてくれた。
「ボクが百恵ちゃんを撮る時、彼女の頭に手をつっ込んで髪をボサボサにして撮影した。そしたら名作が撮れたんだ。でね、その現場にいたウチの助手が独立してカメラマンになってさ、百恵を撮ることになった。同じように彼女の頭に手を突っ込んで、髪をボサボサにした。すると、どうなったと思う?」
えっ、どうなったんですか?
「『なに、すんのよ!』って百恵はそいつの頬を平手打ちしたんだってさ。そういう女の子だったよ……山口百恵は」
参った。すごい。百恵を語る口ぶりで、実は自らの特権性を語っていたのだ。