岸恵子 仏映画監督との18年の結婚生活に終止符
“恋多き女”として知られる岸だが、本当に愛したのは鶴田浩二だけだった。18歳の時、共演。すぐ深い関係になった。当時、2人とも松竹の所属だったが、52年夏、鶴田は会社を飛び出し、独立プロを設立した。鶴田はその第1作の製作にあたり、岸に出演のオファーを出した。しかし、松竹が許さず、岸は辞表を提出。結局、松竹側が折れたが、それほど鶴田への思いが強かったのだ。
その後、鶴田は岸との関係を負担に感じるようになり、「あなたは私とはあまりに違いすぎる」という手紙を残して失踪。恋は終わった。その後、岸は共演した俳優と次々に浮名を流したが、心にポッカリあいた穴を埋めることはできなかった。そんな時に出会ったのがシャンピ氏だった。
結婚生活は18年にも及び、その間に、長女も出産。はた目には日仏をまたいだ理想的な関係に映り、破局など想像できなかった。
「シャンピ監督が愛人の元に走ったのは岸との格差が広がったことが大きい。若手の有望株とみられていたシャンピ監督も次第に才能が枯渇。70年代に入ると映画も撮れなくなる。一方、岸には仕事のオファーが次々に舞い込んでいた」(前出の芸能記者)