『ANORA アノーラ』底辺ストリッパーが挑む、コワモテ用心棒&女たちとの壮絶バトル
アノーラは3正面作戦を戦っているのだ
胸に迫ってくるのは女の戦いの裏に潜む、あくなき幸福願望だ。一度つかんだ贅沢な暮らしを失いたくない。何が何でもスーパーリッチな地位を手に入れたいという野心。そこに同業のダンサーたちの嘲笑が降りかかる。
仲の悪いダンサーたちはアノーラが玉の輿に乗ったと聞いて妬ましげに罵るが、バカ男が逃げたと知るや「それ見たことか」と侮蔑の笑いで責め立てる。筆者はこの場面が一番面白いと思った。まさに「女の敵は女」。アノーラはロシアの用心棒の暴力とバカ男の裏切り、そして女の嘲笑の3正面作戦を戦っているのだ。
本作を撮ったショーン・ベイカー監督には「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(2017年)、「レッド・ロケット」(21年)などの作品がある。「フロリダ――」は若きシングルマザーが生活苦から売春に走る姿を描いた。「レッド・ロケット」はポルノ男優を引退し別居中の妻の実家に転がり込んだ中年男が主人公。麻薬を売買しながら地元の少女をたぶらかしてポルノデビューさせ、ひと儲けしようと企むストーリーだ。
いずれも社会の底辺でもがく自堕落な人物に焦点を当てた作風。筆者のような世の中の裏側の人間像を覗き見るのが好きな好事家にとって、ベイカー監督は貴重な映像クリエイターだ。本作ではストリップダンサーを動かし、その力量を遺憾なく発揮してくれた。
カンヌのパルムドールを獲得し、アカデミー賞の6部門を狙う「ANORA アノーラ」。果たして勝利の女神は微笑むのだろうか。注目の授賞式は3月3日である。
(文=森田健司)