亡くなった立花隆と論争をかわした日々…「ニュージャーナリズム」の震源地で
立花隆が亡くなって、3歳上のこの先輩にいろいろなことを教わり、また時には論争もしたりした私としては、まことに感慨深いものがある。
1970年代半ば、私は駆け出しのフリーライターで、田原総一朗の取材班の一員として仕事をしていたが、その頃、文春編集部のフロアには3つの小部屋…
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