シリーズ「昭和の亡霊・7つの戦時用語」(55)同盟通信・森元治郎が書いた命がけの記事

ここで敗戦前後のある新聞記者の動きを紹介しておこう。この新聞記者・森元治郎から、その思い出話を取材したのは平成に入って間もない頃で、彼が顧問を務めていた国際協力事業団の一室においてであった。80代半ばであったろうか。もともと同盟通信(現在の共同通信)の記者として、1930年代に…
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