初戦敗退の龍谷大平安 原田監督が漏らしていた伝統校の重圧
監督就任22年目のこの春、母校を初めて全国制覇に導いた。が、「心の底から喜べなかった」とこう言った。
「監督になってくれと言われたときは、2回断ったんですよ。何しろ僕が高校生の時に、監督が2回代わってますから。結果が出なければすぐにクビにさせられると、子供心に強烈な印象が残っていた。だから春の優勝もやっと勝たせることができた、責任を果たせたという気持ちの方が大きかった。監督は仕事と思ってないんですよ。仕事と思ったらやってられないし、全うするのは難しい。これが自分の使命やと思ってやってます」
いまごろは、それこそ針のむしろの心境に違いない。