<第1回>「翔平」の由来は源義経だった
岩手県南西部に位置する奥州平泉は、源義経ゆかりの地だ。義経が頼った藤原氏の拠点だし、自ら命を絶った場所でもある。
悲劇のヒーローは人々に愛され、のちに「判官びいき」という言葉も生まれた。
そんな義経の死から約800年後の1994年、奥州市でひとりの男子が誕生した。父親は義経にちなんで、男の子を「翔平」と名付けた。現在、奥州市で暮らす大谷の父・徹(52)が名前の由来をこう説明する。
「義経が平泉にいたというのは、このあたりではだれでも知っています。中国に渡ったとか、北海道に行ったとか、義経伝説もいろいろあって、歴史上のいいイメージがある。最初は義経でもいいかなと思ったんですけど、大谷義経では、いくらなんでもだいそれてるかなと(笑い)。もともと翔という字が気に入っていて、はばたくというイメージがある。義経はなんかこう、身軽で美男子だったと聞いたこともありましたしね。大谷翔でもよかったんですけど、僕が徹でひと文字。これは僕自身が嫌で、上の子2人も、ふた文字にしたんです。ふた文字にすると、翔平とか翔太かなと。お兄ちゃんとお姉ちゃんは横浜で生まれたけど、あいつだけ岩手で生まれた。平泉も近い。なので平の字をもらって翔平と名付けたのです」