熱血右腕オリ1位・山岡泰輔は父との自宅練習で才能開花
2013年、夏の甲子園広島大会決勝は、球史に残る一戦となった。瀬戸内・山岡泰輔(21・現東京ガス)と広島新庄・田口麗斗(現巨人)の投げ合いは延長十五回0-0で引き分け。再試合で瀬戸内が新庄を1―0で破り、13年ぶり2度目の出場を果たす。甲子園での山岡のピッチングを動画で見たダルビッシュが「これは一番だわ」と絶賛。その名が全国に知れ渡った。
山岡が生まれ育った広島市安芸区中野には、江戸期に参勤交代から帰国した藩主を家臣が出迎えたことに由来する「出迎えの松」が残る。由緒ある地ですくすく育った山岡は中野東小2年で地元のソフトボールクラブに入った。当時の保手濱光宣監督(現中野東ソフトボールクラブ総監督)は、当時を振り返りこう語る。
■エラーに激怒
「最初は外野をやらせると、上からしっかり投げるし、ボールに追いつく勘も鋭い。バットもぶれずに振る。すぐにセンスがあることがわかりました。学年が上がるにつれて内野に転向させ、投手の技術も教えました。小柄でしたが負けん気が強いというか、気性が荒く、『打てるもんなら打ってみいやー』という投球スタイルです。バックがエラーすると『何しょっかあ!』と文句を言うので泣き出す子もいた。私はベンチから『山岡、笑顔、笑顔!』となだめたものです」