松山英樹を支える2人の男が語る「ドライバー」へのこだわり
全米プロゴルフ選手権きょう開幕
メジャー連続Vに向け20日(日本時間)、全米プロゴルフ選手権の初日を迎える松山英樹。日本人初のマスターズチャンピオンになった4月12日は全国でちょっとした異変が起きた。ゴルフショップの店頭から松山が使用するボール、グローブが消えたのだ。
試合では着用しなかった「SRIXON」ロゴ入りウエア、キャップまで飛ぶように売れた。松山をアマチュア時代からサポートするゴルフビジネス部の安達部長、米ツアー全試合に同行してメジャー優勝を支えたプロ担当の宮野さんに話を聞いた。
住友ゴム工業 安達利也さん
■クラブへの要求が具体的になってきたのは11年のマスターズ初出場から
――松山がマスターズで勝って、クラブやボールなどの売れ行きは?
1990年に入社した時、「青木功さんがハワイアンオープンに勝ってダンロップのロゴ入りシャツがものすごく売れた」という話を当時の上司から聞きました。入社以降、マスターズ優勝直後が肌感覚で一番売れていると感じました。
――松山はウッドに関してはキャロウェイ、テーラーメイド、ピンなど外国ブランドを使うことが少なくなかった。ドライバー変遷は?
アマチュア時代から08年発売のスリクソンZR-30ドライバーをずっと使い続けて、国内大会は11年三井住友VISAから16年日本オープンまで6勝(14年ダンロップフェニックス優勝はZ745ドライバー)。PGAツアーでも14年メモリアル、16年フェニックスの2勝を挙げています。
――松山はクラブへのこだわりが強い。
新しいドライバーを打っても納得しないと試合で使いません。10年発売のZ-TXツアードライバーがそうでした。大学1年生でしたが、右に低く飛び出ることがあり、ボールがつかまらない印象を受けたのでしょう。
■日本のドライバーは飛距離では外国製に完全に負けていた
――クラブへの要求が高くなったのは、いつごろからですか。
日本のゴルフ場では何の疑問もなく使っていたクラブも、11年に初めてアマチュアでマスターズに出場してから変わりました。海外へ行き、国内と違う芝、コンディション、距離に対応できるレベルのクラブが必要だと感じていきました。例えばマスターズ会場の4番パー3(240ヤード)で、距離と高さとスピン量がマッチし、ボールを止めてピンを攻略できるクラブです。道具に対して要求がより具体的になっていきました。
――ドライバーに対する要求は?
絶対的な飛距離です。PGAツアーでは295ヤード先のフェアウエーバンカーを越えることが求められます。日本のドライバーは飛距離では外国ブランドに完全に負けていました。プロ・上級者が使うドライバーに欠けていたものが、松山プロと一緒にクラブ開発に取り組んでいるうちに気づけたのです。
メーカーの事情もある。売り上げの大半を占める主力商品は一般アマチュア向けで、やさしく飛ばせることをテーマに開発する。ターゲットが少ないプロ・上級者向けはアマチュアとは真逆の開発コンセプトだ。PGAツアーでスリクソンドライバー使用プロは5~10人。他社日本製ドライバーで戦うプロはもっと少ない。
松山プロのようにヘッドスピード55メートル以上が対象のドライバー開発に日本のメーカーは力を入れてこなかった。そもそも日本市場にはヘッドスピードが50メートルを超えるゴルファーはほとんどいません。そこで松山プロがいま使うZX5ドライバーはテストを米国で先行して行い、メジャーで勝てるクラブ作りにメーカーの考え方も変わった。ルール内で反発を高めないとPGAツアーでは戦えない。ヘッド単体は良いものができても、シャフトを装着してドライバーに仕上げた時にルールを超えてしまうこともあり、知見を重ねていったのです。松山プロが構えた時のヘッドの見え方、弾道のイメージがつくれるか、また疑問もなくバックスイングできるか。ヘッド塗装やシャフトの差し方も改良しました。
――新ドライバーで日本人初のメジャーを制しました。
松山プロは昨年のプレーオフBMW選手権からZX5ドライバーを使い始めて3位の好成績でした。そこからマスターズ優勝につながったのですが、やっと外国ブランドに追いついただけ。これからが本当の勝負の始まりです。米国市場でスリクソンのクラブシェアは1%にも満たない。米国で売れるクラブを作っていきたい。松山プロはドライバーのインパクト音に関しては許容量が広いのですが、ボールにはパッティングの際の「音」を求める。プロも具体的に説明できないのですが、こちらもどういう打球音がいいのか、スタッフとの難作業が続きます。
▽安達利也(あだち・としや)1967年、東京都生まれ。大卒後、90年に住友ゴム工業入社。アマチュア担当だった2009年に日本オープン(武蔵CC豊岡C)に出場した当時高校3年生の松山と初めて出会い、10年のアジアアマ選手権(霞ケ関CC)優勝からサポート。契約プロの統括責任者。
住友ゴム工業 宮野敏一さん
■マスターズ直前には明確なリクエストが
――クラブに関して非常に神経質な松山に、どのように対応していますか?
選手はクラブについて何か思いついた時、すぐに試して解消したいという気持ちがある。そこで松山プロが何を言いだすのかをいつも想像して、いろいろな材料を用意しておきます。例えば、きっと中華料理を食べたいのだろう、と思ってもハンバーグが食べたいという時もあります。どんなリクエストにも対応できる材料を用意しておくのがツアーレップ(クラブ担当)の役目です。そのため松山プロの言動だったり、コーチ、トレーナー、キャディーが話している情報を聞いて、クラブに関して何を考えているのかを常に自分なりに想像しています。
――松山は「見た目が9割」というぐらいヘッド形状にこだわっている。
ヘッドの見た目に関してはある程度、松山プロの好みの枠からズレることはありません。自分と松山プロの間ですり合わせができています。それでも日々スイングは進化しており、以前は嫌いだと言ったヘッドを使いだすこともあります。
――宮野さんがフェースとクラウンの境目を試合会場でペイントするのは有名な話です。それも、アドレスした際の髪の毛1本分の見え方まで微調整していますね。
マスターズの週も4つのヘッドをペイントしました。ヘッド1個に約1時間かかります。でも、練習日にこれだと決めた1本を、大会期間中は4日間使い続けるのが松山プロの基本スタイルです。
――クラブへのリクエストは、どんな言葉で伝えられるのですか?
いつもは「左に行かないヤツ」と症状で言ってきます。ボールがつかまりすぎて左に行くことが多かった時です。しかし、毎試合続けて同じ要求だと、物理的に策がなくなる時もあります。
――マスターズの週も同じだったのですか?
月曜日に松山プロ、目沢秀憲コーチと3人で話し合って仕上げたドライバーを試合で使いました。その時はヘッドの中にジェルを入れて重心位置を変え、ライ角も変えました。具体的に申し上げられませんが、いつもと違って松山プロから明確にリクエストがありました。
――何か期するものがあったのでしょうか?
マスターズ前週のバレロテキサス・オープン初日に67をマークし、スイングの課題がクリアになりました。松山プロを4、5年見ていますが、何年かぶりに良くなっていました。メジャーに向けて戦える確証をつかんだのだと思います。あとはマスターズで勝てるクラブです。そのリクエストに応えることができました。
■マスターズ優勝でテーラーメイドやキャロウェイ製品に勝てる手応え
――松山が使うドライバーはどのように進化しているのでしょう?
今年に関しては、車で言えば、左ハンドルから右ハンドルになっているくらい、以前とはまったく違うものです。マスターズで優勝して、スリクソンドライバーもテーラーやキャロウェイ製品に勝てる手応えをつかみました。これから先、松山プロがマスターズで勝ったドライバーをずっと使い続けるとは思いません。かつて担当した青木功さんは、「まだまだゴルフがうまくなりたい。クラブはもっと良いものを使いたい」という思いがシニア年齢になっても強かった。一流選手はみんな同じだと思います。マスターズに勝ったからといって、ドライバーへの要求が終わりではありません。現場も開発も、もっとより良いものを作り続けていきます。
▽宮野敏一(みやの・としかず)1981年、神奈川県生まれ。大卒後、2002年に入社した外資ゴルフメーカーで日本女子ツアーを13年間担当し、諸見里しのぶや宮里美香をサポート。16年からは男子ツアーを担当し、青木功や尾崎直道、田中秀道をバックアップ。20年に住友ゴム工業に入社し、松山のプロ担当。
◇ ◇ ◇
多くのスタッフに支えられたマスターズ制覇。全米プロで松山がどんなクラブを手にしているか楽しみだ。
(聞き手=山出辰雄/日刊ゲンダイ)