五輪とは何かを改めて訴えた本家フランスならではの独創性 メダルの数を叫ぶのは時代遅れに
オリンピックが佳境に入っている。
時差は7時間。午前2時からの開会セレモニーを結局、朝6時まで見てしまった。
スタジアムを離れ、セーヌ川とエッフェル塔を舞台にした独創的な演出はフランスならではで、五輪旗を逆さに掲揚したのもパロディーかと思ったほど自由自在だった。近代五輪を発想・提唱したクーベルタンはフランス人だ。五輪は自分たちの祭典……心理学でいう基本的信頼、明確な主張があった。
ジダンからナダルへ手渡された聖火がセーヌを渡ると、テニスのアメリ・モレスモがいた。全豪、ウィンブルドンで優勝し、現在は花の都の最大のイベント・全仏オープンの責任者……フランスで最も成功した女性アスリートは同性愛者として知られ、ジェンダーフリー、多様性というパリ大会のテーマが打ち出された。
オリンピックは世界一を決める場ではない。そこが世界選手権と違って、世界が同時代性を確認・擦り合わせる機会であり、競技は普遍的な媒体だ。クーベルタンの言葉通り「参加すること」に意義があり、勝利を目指しつつも、すべてではない。