「時の審廷」芦辺拓氏
「日本占領プランと同様に記憶に残っていた帝銀事件、下山事件も取り入れましたが、実際には3つの事件はつながりはありません。しかし、これまで考えられていないそれぞれの動機を想像したとき、まるで小説の都合に合わせたかのような史実に巡り合ったんです」
下山総裁が失踪前に帝銀マーク入りライターを持っていたこと、帝銀事件に使われた毒物と日本陸軍が開発していた毒物が一致していたこと――。あまり注目されていない史実が持つ偶然を緻密かつ大胆に結んだ。
なぜ3つの事件が起こったのか。その陰謀が現代に生きる森江春策によって解き明かされるうちに、官僚による利権争いや虚像が“今”に重なって見えてくる。
「戦前にローマ字教育が推奨された裏に初等教育を早く終わらせて労働に回そうという計画があったように、いつの時代も権力者の企みのトリックと、ミステリーの中で犯人が仕掛ける現実離れしたトリックは通じるものがあります。そのあたりを楽しんでもらえるとうれしいですね」
(講談社 1600円)
▽あしべ・たく 1958年、大阪府生まれ。90年「殺人喜劇の13人」で第1回鮎川哲也賞を受賞し、デビュー。著書に「綺想宮殺人事件」「奇譚を売る店」「時の密室」など。