「天下一の軽口男」木下昌輝著
上方落語の始祖にして、日本初のお笑い芸人である米沢彦八の波乱に富んだ半生を描く長編小説である。
江戸時代中期に、首にかけた台の上で人形芝居をする傀儡師(くぐつし)、穴の開いた籠を横にして飛び抜ける籠抜け、砂で絵や文字を描く砂文字、太平記や三国志を読む講釈師など、そういう辻芸人はいたけれど、「人笑わして、銭もらうねん」と彦八が言うと、「笑いで銭稼ぐなんて、無理や」と言われるほど、滑稽話が職業として確立していなかった。
笑い話がなかったわけではない。僧侶が説話の合間に滑稽な話をする場合もあった。しかしそれは、真面目な話ばかりでは退屈してしまうので息抜きに行うもので、それが主体ではない。そういう時代に米沢彦八は生まれ、お笑い芸人を目指すのである。
どんな分野でも最初の開拓者は苦労する。徐々に滑稽話が職業として確立するようになっても、彦八の真似をする者が現れて邪魔されたり、大名を皮肉るとそれを怒った武士に狙われたりもするから大変だ。さらに、彦八には笑いを大衆のものにしたいという考えがあるので、大商人に料亭に呼ばれて一部の金持ちだけに滑稽話をするような傾向には断固反対。そういう波乱に満ちた半生が活写されていく。
2014年に「宇喜多の捨て嫁」(直木賞候補)で単行本デビューしたばかりの新人作家だが、この筆力は将来が楽しみである。(幻冬舎 1700円+税)