公平や中立を振りかざす者は権力のまわし者だ
「いのちの旅 『水俣学』への軌跡」 原田正純著
今年は水俣病公式確認から60年である。それに最も功績があり、国際的にも著名な原田正純は、国立の熊本大学では65歳でやめるまで助教授だった。国に逆らったとして教授にしなかったのである。
それどころか、後輩の若い医師が彼の主任教授に原田と共同研究したいと言ったら、
「そんなことをしたら、君は一生この世界では駄目になる」
と恫喝されたとか。
いつもにこにこ笑っていて、決して闘士という感じではない原田は、しかし、弱者を虐待したり、抹殺する者に対しては怯まなかった。原田は朝日新聞西部本社編「原田正純の遺言」(岩波書店)の中で、医学者や研究者の中に「政府がらみのものは避けたい」という変な中立主義めいたものがあることを批判して、こう言っている。
「AとBの力関係が同じだったら、中立というのは成り立ちますよ。だけど、圧倒的に被害者のほうが弱いんですからね。中立ってことは『ほとんど何もせん』ってことですよね。権力側に加担している。それこそ政治的じゃないかと思うんだけど。ところが被害者側に立つと『政治的だ』と言われる。逆ですよね」
私は、公平とか中立を振りかざす者は権力のまわし者だと思うし、それを掲げ始めた者は強者との闘いをやめ、弱者の敵となった者だと思っている。
関西在住の水俣病の未確定患者が原告となって訴訟を始めた時、チッソだけが被告の時は被告側証人になる学者はいなかったのに、国そして県が被告になると被告側証人の学者が増えたという。何という“専門家”だろうか。原田は原発で国や電力会社に飼われた学者たちを腹の底から怒っていたが、水俣病の構図とそれは同じである。
国の内外を問わず、公害のさまざまな現場に出かけて「いのち」を守る旅を続けた原田は「いのちの旅」の最後で、「基地汚染」について警鐘を鳴らす。2000年秋にフィリピンの旧米軍基地の汚染問題で周辺住民が訴訟を起こしたのである。神経障害、腎臓障害、白血病、がん、そして流産・死産、先天異常が多発しているとしてアメリカの空軍、海軍、国防省とフィリピン政府を訴えたが、門前払いされた。軍事基地はさまざまな危険物を扱うから複合汚染が必ず起こっているはずなのだが……。★★★(選者・佐高信)