「僕が愛したすべての君へ」乙野四方字著
いくら探しても見つからない、なんてことがありませんか。間違いなくここに置いたはずなのに、いざという時に、ないのだ。おかしいなあと首をひねった経験のある方は多いと思う。そういうことはこの仮説ですべて説明できる。つまり、この世界には数多くの平行世界が実在し、我々は日常的に、無自覚に、その平行世界間を移動しているのだと。近くの平行世界ほど元の世界との差異は小さく、ひとつ隣の世界とは朝食が米だったかパンだったか程度の差異しかない。この仮説を認めるなら、置いたはずのものがないという現象は、私たちが物忘れが激しいということではなく、平行世界間を移動しちゃっているからだ、という説明も成り立つのである。
その平行世界の実在が世界的に認められた未来が舞台。高校生の高崎暦は、クラスメートの瀧川和音から突然声をかけられる。彼女は85番目の世界からやって来たというのだが、そこでは暦と恋人同士だったと告白する。ここから始まる物語で、どこに着地するのか分からないから、とてもスリリングだ。究極の初恋小説といってもいいが、同時発売の「君を愛したひとりの僕へ」を続けて読むともっと豊穣な世界が広がっていく。
どちらから読んでも可、という趣向が最大のキモ。電撃小説大賞の選考委員奨励賞を受賞してデビューした人だが、むしろライトノベルやSFを読み慣れていない読者にこそおすすめしたいと思う。(早川書房 620円+税)