“日本探偵小説の父”の本格派アリバイ崩しが復刊
「白骨の処女」森下雨村著(河出書房新社 800円+税)
森下雨村はわが国初の探偵小説誌「新青年」(博文館発行)初代編集長であり、江戸川乱歩が書いた日本初の探偵小説「二銭銅貨」(大正12年)を発掘、掲載した名編集長であった。日本探偵小説の父と呼ばれたゆえんである。
雨村は社主と意見が相違し、昭和6年には博文館を退社、文筆活動に入り、乱歩同様、探偵小説作家としてデビューを果たした。翌年には新潮社から刊行された書き下ろし長編探偵小説集「新作探偵小説全集」の書き手として加わっている。本書はその全集の1巻であり、アリバイ崩しの本格派である。昭和7年に刊行された本書は長らく復刊がなされず、84年後の今年復刊された。
神宮外苑に放置された盗難車から青年の変死体が発見され、その婚約者も大量の血痕を残し謎の失踪。東京・新潟二都を舞台に昭和初期のノスタルジーに浸らせてくれる。戦前版探偵小説の醍醐味だ。文中に散見する死語――怪紳士。青山北町。洋杖。失敬!
全集全10巻には、乱歩「蠢く触手」、横溝正史「呪いの塔」、夢野久作「暗黒公使」、甲賀三郎「姿なき怪盗」、浜尾四郎「鉄鎖殺人事件」他、力作が続く。もっとも乱歩の作は代作であり、この他にも全集には数編、代作がまぎれていたと噂される。
昨年暮れ、乱歩のご子息、元立教大学名誉教授平井隆太郎氏が亡くなった。私は生前の隆太郎氏から直接貴重なお話をうかがった。自作に厳しい乱歩だが、最高傑作は乱歩自身「押絵と旅する男」と文章に残している。だがこれは幻想小説である。「乱歩先生は推理物として何が自信があったのでしょうか?」。私の不躾な質問に隆太郎氏――「ああ。『陰獣』は比較的よく書けた、と言ってました」。
乱歩研究の欠落部分を埋める重要な証言を得た。うーむ。雨村と来るとつい乱歩が出てしまう。