マルサの男たちは尾行のプロなのだ
「国税局査察部24時」上田二郎著/講談社 800円+税
謎の国、北朝鮮ツアーに誘われたことがある。しかし、協調性のない私は団体行動が窮屈で仕方がない。
「一人で歩かせて!」とごねると、北朝鮮のガイドさんが「夕食前に帰ってきてね」と30分だけ野放しにしてくれた。
宮殿見学より街をぶらぶらしたかったのだ。だが、ふと振り返ると、挙動不審な男が2人。あら、尾行? ターゲットがしょぼいから仕方がないのだが、トロい私にすぐ気が付かれるとは、随分と適当な人選だ。
それに引き換え、徹底的に訓練された尾行のプロは凄い。元国税局査察部の査察官“マルサの男”が書いた本書では、炎天下でも雪の日でも張り込みをし、パブで客に扮して情報収集をし、着々と大物脱税者の証拠を積み上げていく地道な仕事ぶりが綿密に描かれている。
一人前の査察官になるまでは、5年かかるという。面白いのは、新人マルサの尾行練習だ。「今日のターゲットはあいつ」と先輩が指定した知らない人の背中を借りる。新橋で飲んでいる警戒心ゼロのおじさんではない。警戒心が最も強い、銀行で大金を下ろした人の自宅を突き止める。
マルサといえば華々しくコミカルな映画「マルサの女」を思い出すが、現実はかなり違う。腹黒いヤツを追い詰めるため、黒子のようにひっそりと行動し、時には徹夜が続くブラックな職場。もうすべてが真っ黒である。「いつまで体力が持つか」と不安になり、年に1件も脱税を発見できない“ドボン”に怯え、先に出世した同期や、子供の運動会にも現れない夫に呆れた妻とのケンカに胃がキリキリする人間くさい一人の査察官。
それだけに差し押さえ当日、ターゲットが脱税を白状し、闇の大金が見つかった時は、思わず目頭が熱くなる。
公務員なんて給料は安定して早く帰宅できるし、いい身分だなあと思っていたが、こんな特殊な“職人集団”もいるのだ。正直者がバカを見ない世の中にしたいと、今日もどこかで張り込みを続けるマルサの男たちの熱い矜持に触れる一冊だ。