詐欺師の父に翻弄され続けたル・カレ

公開日: 更新日:

「地下鉄の鳩」 ジョン・ル・カレ著、加賀山卓朗訳/早川書房 2500円+税

 いささか旧聞に属すが、「ツバメ号とアマゾン号」シリーズでおなじみの英国の児童文学作家アーサー・ランサムが、英国秘密情報部MI6に属してスパイ活動をしていたことが暴露された。MI6といえば、007シリーズのイアン・フレミング、「月と六ペンス」のサマセット・モーム、「第三の男」のグレアム・グリーンといった作家たちが所属していたことはよく知られている。モームには「アシェンデン」というスパイ小説の短編集があるし、グリーンは「ヒューマン・ファクター」などスパイ小説の大御所でもあるから、なるほどと納得だが、あのランサムまでも……と驚かざるを得ない。

 さて、現役のMI6出身の作家といえばジョン・ル・カレである。そのル・カレが自らMI5とMI6に在籍していたことを認め、そこでの経験を開陳しているのが、「地下道の鳩-ジョン・ル・カレ回想録」だ。全38章、世界各地での取材秘話、小説のモデルの人物などのほか、アラファト、サッチャー、キューブリック、リチャード・バートンといった面々との交流も語られ、やじ馬根性をくすぐられる。いずれも読み切りで、短編小説のような味わい、ルポルタージュ風の筆致と、単なる回想録とはちがった幅の広さを見せているところは、さすが。

 中でも圧巻は、父ロニーを語った章。この途方もない詐欺師の父に生涯翻弄され続けたル・カレだが、そこには愛憎半ばする複雑な思いがにじむ。正と邪、虚と実がオセロゲームのように絶えずひっくり返るのが諜報の世界だが、最後まで嘘とごまかしの世界に生きたロニーは、ル・カレの絶対正義に対する深い懐疑とそこから生み出される作品に色濃く影を落としている。

 世界情勢の混沌とした現在、そうしたシニシズムへの共感が、最近のル・カレ・ブームを支えているのかもしれない。〈狸〉

【連載】本の森

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    相撲協会の逆鱗に触れた白鵬のメディア工作…イジメ黙認と隠蔽、変わらぬ傲慢ぶりの波紋と今後

  2. 2

    中居正広はテレビ界でも浮いていた?「松本人志×霜月るな」のような“応援団”不在の深刻度

  3. 3

    キムタクと9年近く交際も破局…通称“かおりん”を直撃すると

  4. 4

    《2025年に日本を出ます》…團十郎&占い師「突然ですが占ってもいいですか?」で"意味深トーク"の後味の悪さ

  5. 5

    ヤンキース、カブス、パドレスが佐々木朗希の「勝気な生意気根性」に付け入る…代理人はド軍との密約否定

  1. 6

    中居正広の女性トラブルで元女優・若林志穂さん怒り再燃!大物ミュージシャン「N」に向けられる《私は一歩も引きません》宣言

  2. 7

    結局《何をやってもキムタク》が功を奏した? 中居正広の騒動で最後に笑いそうな木村拓哉と工藤静香

  3. 8

    ロッテ佐々木朗希は母親と一緒に「米国に行かせろ」の一点張り…繰り広げられる泥沼交渉劇

  4. 9

    渡辺徹さんの死は美談ばかりではなかった…妻・郁恵さんを苦しめた「不倫と牛飲馬食」

  5. 10

    高校サッカーV前橋育英からJ入りゼロのなぜ? 英プレミアの三笘薫が優良モデルケース