「その犬の歩むところ」ボストン・テラン著、田口俊樹訳
ボストン・テランといえば、「神は銃弾」で「このミステリーがすごい!」第1位、「音もなく少女は」で同2位に輝いたことがある作家である。つまりミステリー作家だが、本書はミステリーではない。帯コピーを借りるなら「犬を愛するすべての人に捧げる感動の長編小説」だ。
ハンガリーから移住してきたアンナの経営するモーテルに、犬は突然現れる。傷ついて、血だらけで。彼がどこから来たのか、アンナにはわからない。やがてその犬は死に、子犬が残される。ギヴという父親と同じ名前をもらって、子犬は育っていく。ここまでは子犬にとって幸せな日々といえるが、ここから彼の運命は激しく変転していく。モーテルに現れた兄弟に連れていかれるのだ。
やがて洪水に流され、悪徳業者につかまって虐待されるなど、不幸で暗い旅の日々が始まっていく。そこを逃げ出してふらふらになっているところを、イラクから帰還した元アメリカ海兵隊員ヒコックに結局は助けられるけれど、その苦難の旅は鮮烈な印象を残している。
モーテルを経営するアンナにも、ギヴを連れ去ったイアンとジェムの兄弟にも、そしてギヴを元の飼い主に戻そうとする海兵隊員ヒコックにもさまざまな事情があり、日々がある。
ギヴは傷ついた彼らを映す鏡だ。犬はいつも私たちの心にこうして寄り添っている。そんな気がしてくる。いい小説だ。味わい深い小説だ。(文藝春秋 820円+税)