「フェイスレス」黒井卓司著
あなたが、先輩の婚約者に思いを寄せていたとする。ひそかな片思いで終わると思っていたら、ある日3人が乗っていた車が事故を起こし、先輩だけが死亡する。こうなると、残された2人が、時間はかかるものの、結ばれたとしても不思議ではない。先輩には申し訳ないが、こういうふうになったことを、あなたは喜ぶかも。
しかし、もしも、死んだはずの先輩があなたの前に現れたらどうする? 喜んでいる場合ではない。現実にはそんなことは起こりえないが、小説ではしばしば起こる。
たとえば、この世界がもう一つほかにあって、その「向こう側の世界」では、「こちら側の世界」とほんの少し違っていたら? つまりパラレルワールドだ。
こちら側では先輩が事故で亡くなったが、向こう側の事故ではヒロインが亡くなっているのだ。だから先輩は婚約者に会いにこちら側にやってくる。彼女のいない世界はつらすぎると。さあ、あなたはどうする?
本書はそういう話だが、意図的に紹介を省いた個所がある。向こう側からやってくるのは先輩だけではないのだ。瞬間進化して殺人マシンと化したアリがやってくるのだ。なぜか、ということは本書を読まれたい。その背景には、それぞれの世界の思惑があり、それが複雑に絡み合っているのである。いやあ、面白い。
単行本はこれがまだ2冊目という新人作家だが、この才能に注目しておきたい。(KADOKAWA 1400円+税)