「警視庁生きものがかり」福原秀一郎氏
先頃最終回を迎えたフジテレビ系列のドラマ「警視庁いきもの係」。渡部篤郎と橋本環奈のコンビが動物にまつわる事件に挑む刑事ドラマだったが、実は警視庁には「生きものがかり」と呼ばれる部署が実際に存在する。生活安全部生活環境課で、絶滅の恐れがある動植物の密輸・売買事件などを捜査する部署がそれだ。
「“生きものがかり”という係の名前はないのですが、私が所属する環境第三係は生きものを専門とする部署であり、いつの間にかそう呼ばれるようになっていました。取り扱うのは動植物から微生物まで幅広く、あらゆる生きものが“仕事相手”になるわけです」
著者は、これらの事件をおよそ30年にわたって捜査してきた大ベテランで、「生きものがかり」の生みの親ともいえる人物。本書は、これまでに携わった自身の仕事を丁寧に書きつづったノンフィクションだ。
「子どもの頃から動物が好きで、獣医を目指していたこともありました。しかし進路を決めるときに、当時大人気だったドラマ『太陽にほえろ!』に憧れて、警察官の道に。実にミーハーな理由ですね(笑い)」
現在では動植物密売捜査のプロフェッショナルとなった著者が初めて私服警官となり、大井警察署保安係の捜査員に任命されたのは32歳のとき。当時の保安係が扱う案件は覚醒剤や拳銃保持、賭博事犯や公害問題事犯など幅広かったが、他の捜査員がまだ着手していない、新しい“ネタ”を探す必要があった。
「初めて自分で見つけた“ネタ”は、飼っていた魚の餌を買いに訪れた熱帯魚専門店で、国際希少種となっていたアジアアロワナが無登録で販売されているのを発見したことでした。しかし、当時の日本には希少動植物の保護や生物多様性に対する認識もほとんどなく、譲渡規制法違反で逮捕した前例も取り締まり要領もなかったので、すべてが手探り状態でした」
結果的に9店を摘発し、押収したアジアアロワナは71匹、逮捕者は4人に至ったが、警察内では「デカの仕事ではない」と揶揄されることもあったという。当時、保安係は覚醒剤の取り締まりをメインとしており、覚醒剤の検挙は本部からの評価もよかった。「保安をするなら覚醒剤捜査が花形」という空気ができていたのだ。
「生きもの事案は人間の事件と違って、いわゆる“被害者”がいない。しかし、生きものの生態系と人間の生活は切っても切り離せません。生きものがかりの仕事にはなかなか日が当たりませんでしたが、理解してもらうには実績を積むしかないと考え、“コンチクショウ”と思いながらも目の前の草を必死に刈り続けてきた30年ですね」
2013年、動植物の保護を目的とした「種の保存法」が改正され、これまでは罰則が軽く密輸の抑止力としては不十分だった実態が明らかになったことで罰則が強化された。20年もの間大きく改正されることがなかった法の改正は、生きものがかりが多くの事件を摘発したことが追い風になったことは間違いないだろう。
本書では、ワオキツネザルやマダガスカルホシガメなどの生きもののほか、珍しい昆虫や植物を巡る密輸グループとの攻防戦などもリアルに描かれ、その迫力はノンフィクションならではだ。
「世の中にはこんな犯罪があって、警察はこんな仕事もしているのかと、知ってもらえたらうれしいですね。今後は、動植物捜査のノウハウを、多くの後輩たちに伝承していきたいと思っています」
(講談社 1300円+税)
▽ふくはら・しゅういちろう 1955年、鹿児島県生まれ。警視庁生活安全部生活環境課勤務。希少野生動植物密売捜査における全国唯一の警察庁指定広域技能指導官に指定され「希少動物専門の警察官」となる。15年3月警察功労章受章、16年1月警視総監特別賞受賞。