「産まないことは『逃げ』ですか?」吉田潮氏
子供をもたない人が増えている。事情は人それぞれだが、女性で「子を産まない選択」を公言するのは、まだまだ難しい。女性だけでなく男性も、独身や子供のいない人は、やや肩身が狭いというのが現状だ。
「私は最初から、子供はいらないと潔く言えたわけではないんです。34歳のときにうっかり子供が欲しいと思ってしまい、39歳で不妊治療まで受けて、総額80万円を費やし、42歳くらいまでずっとモヤモヤしていましたから。産めなかった、というのが実情ではありますが、振り返ってみると、本当は欲しくなかったことに気がついたんです」
本書は、コラムニストの著者が夫婦関係から不妊治療をやめるまでの経緯を赤裸々につづったエッセー。
男性は手に取りにくい本ではあるが、読めば女性たちが抱える「産む・産まない・産めない」の世界を垣間見ることができる。
著者が妊娠を望むようになって一番変わったのは、セックスの質だったという。
「それまではあれほど楽しんでいたセックスが妊娠を意識した途端、トーンダウンしてしまったんです。純粋な肉体の快楽がない。エロの世界に没頭できないんですよ。妊娠を切望する女性の多くが、コトの最中でも頭の片隅に妊娠の文字がチラついているんです。気もそぞろになるから、男性はあれ? と不安になる。でも、決して男性をないがしろにしているわけではないんです。妊活や不妊治療を機にセックスレスになる人が多いのは、皮肉な話ですよね」
それでも一度、火が付いた妊娠したい種火は消えない。禁煙し、健康のためにジムに通い、基礎体温もつけた。そして排卵日が近づくと確実に中出しを要求する日々。
「ほとんど射精ハラスメント状態でしたね(笑い)。自分はこんなに頑張っているんだから、あなたも協力して当然でしょ! と思っていたんです。けれど、極度の頑張りのせいか、子供ではなく、なんとハゲが出来てしまったんです」
そんなこんなで夫婦だけの努力では無理となり、39歳で不妊治療を始めるわけだが、やがて治療をやめる決意をする。
「夫に『不妊治療はもうやめる』と伝えると『任せるよ』と言ってくれたんですが、治療を通して気が付いたことは多いですね。ひとつは、治療そのものは女性がやることですが、男性も精子を絞り出したり、精子も35歳を過ぎると弱ることなどを知り、治療というのは双方の問題だってこと。芸能界では60歳でパパに! なんてニュースもありますが、あれはレアケース。若い女性と結婚すれば、自分は高齢でも子供は授かるというのは勘違いだと声を大にして言いたいですね」
また著者は、自分は本当は子供が苦手で、子供のいる将来を考えたことがなかったが、それを公言すると、「親からの愛情が不足していた」的なことを言う人がいかに多いかを痛感した。
「子供がいない人生は寂しい、という人がいるけれど、それって世間が主語だと思うんです。ほかにも親が主語だったり、世間が主語だったり、時には国家が主語な人が多いな、と。だけど親も人間で間違えることもあるし、世間もコロコロと変わります。国家なんて最も信用しちゃいけないでしょ(笑い)。わがままと言われようと、自分が主語であれば、たとえ後悔しても人のせいにしないし。今考えていることの主語はいったい誰か?と常に疑ってみるといいと思います」
(KKベストセラーズ 1200円+税)
▽よしだ・うしお 1972年、千葉県生まれ。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、01年からフリーランスに。「週刊新潮」「東京新聞」、NHKPRサイト「1・5チャンネル」でコラム連載中。著書に「幸せな離婚」「TV大人の視聴」など。