寺脇研氏&前川喜平氏 “教育のプロ”が太鼓判押す本と映画
“ミスター文部省”寺脇研氏のオススメは…
まず紹介したいのが、「幼な子われらに生まれ」(2017年公開=原作・重松清)。
40代サラリーマン田中(浅野忠信)は、妻(田中麗奈)、小学6年生と幼稚園児の娘2人の家族をとても大切にしている。休日出勤は断り、年休は完全消化。飲み会も1次会で切り上げて家路を急ぐ。当然、会社での評価は低く倉庫要員へと飛ばされるが、娘たちや妻の腹に宿った新しい生命のためにそれにも耐えるのである。
実は夫婦は再婚同士で、娘たちは妻の連れ子だ。田中の実の娘は長女と同じ小6で前妻(寺島しのぶ)と暮らしている。年4回の面会を何よりの楽しみにしているのは、唯一、家族に後ろめたい点であり、密会でなく、公然の行為でもまるで浮気のようにも見える。
そんな中、妻の妊娠以来、長女の様子が変化する。父親を露骨に避け、幼い頃に別れた実父(宮藤官九郎)との再会を強くねだるようになった。酒、ばくち、DVのどうしようもない男なのに……。田中は戸惑う。会わせるべきか否か。父娘の不仲は妻をもいら立たせる。田中家のピンチを、彼は乗り切ることができるだろうか。男親に対し、夫婦、親子という家族の問題を鋭く提起する作品だ。
中学生棋士の藤井聡太(15)が連勝記録を作り、四段から、五段、六段とまたたく間に昇段して、高校生になったばかりで七段を狙う勢いだ。藤井フィーバーと呼ばれ、一躍マスコミの寵児となる。一方、将棋界の第一人者である羽生善治竜王(47)は、すべてのタイトルで永世称号を得る「永世七冠」の偉業を達成して国民栄誉賞に輝いた。「ひふみん」こと加藤一二三(78)の人気も相まって、今や空前の将棋ブームと言えよう。将棋を指したことのない人までが注目している。
しかし、勝負事である以上、プロの世界はシビアであり、棋士たちは厳しい現実にも直面する。AIと人間の対局が一時話題になったが、盤面を挟んで至近距離で向き合う人間同士の闘いの熾烈さは、それと格段に違う迫力とこまやかな神経の動きを見せつけてくれる。最近、「見る将」と呼ばれる自分が指すのでなしにテレビやネットで観戦するだけのファンが増えているというのも、その魅力に引かれてだろう。
人間同士の対局をドラマにまで昇華させた物語が、この緊迫感あふれる「聖の青春」(16年公開)である。フィクションとはいえ、実在の棋士たちがモデルになっている。主人公は1998年に29歳の若さで夭逝した村山聖九段(松山ケンイチ)だ。すばらしい才能を持ちながら幼少期からの難しい病に苦しめられ、思う存分、将棋に取り組めないことに常に苦悩する。
それでも、ライバルの羽生(東出昌大)との死闘には全身全霊を捧げ、命を燃やし尽くすのである。この凄絶な人生、そしてそれより何より村山、羽生の互いを認め合いつつ頭脳の限りを尽くして相手を打ち負かそうとする気迫のぶつかり合いの、なんとダイナミックなことか。
心から仕事に打ち込んだ経験のある者なら、その真摯な闘いの意味がわかるだろう。また同時に、2人の間に敬意と友情が存在するのも。人間と人間が真剣にぶつかり合うことの重みを、痛切に感じさせる入魂の対決劇である。
▽まえかわ・きへい 1955年、奈良県生まれ。東大法学部卒業後、79年に文部省入省。宮城県教育委員会行政課長などを経て、文科省初等中等教育局教職員課長、大臣官房総括審議官、官房長、初等中等教育局長、文部科学審議官を歴任。16年に文科省事務次官、17年に退官。現在は自主夜間中学のスタッフとして活動。
▽てらわき・けん 1952年、福岡県生まれ。東大法学部卒業後、75年に文部省入省。広島県教育委員会教育長、高等教育局医学教育課長、生涯学習局生涯学習振興課長、大臣官房審議官生涯学習政策担当を歴任。2002年に文化庁へ転出、文化部長。大臣官房広報調整官を経て、06年に退官。高校時代から映画評論を執筆し、映画評論家や映画プロデューサーとしても活躍。07年から京都造形芸術大学映画学科教授。