「Mobitercture 動く住まい図鑑」レベッカ・ローク著/八木恭子訳
この夏、旅先で美しい風景や街の居心地の良さに魅せられ、「ああ、いっそのこと、ここに住んでしまいたい」と思わずつぶやいた方も多いのではなかろうか。引っ越し、移住となるとさまざまな大人の事情が発生するが、本書に登場する家々は、そんな妄想ともいえる願望をいともたやすく実現してしまう。人力で持ち運べるものから、自転車や車で移動するもの、果ては橇、さらに水に浮かぶものまで。さまざまなタイプの「モビテクチャー=動く住まい」を紹介する写真図鑑である。
もっともシンプルで分かりやすいのは、イスラエルのデービッド・シャッツ氏のバックパック型テント「Melina」だろう。アコーディオンのように伸縮するテントは、広げると安定感があり、寝るのに十分なスペースと脅威から守ってくれる安心感を兼ね備えている。
そんな人間ヤドカリになれるテントをさらにシンプルにしたのが、アンジェラ・ルナ氏による「Tent2」だ。難民危機を受けて作られた作品で、着ていたジャケットがそのままテントや寝袋、ベビーキャリー、救命胴衣に変化し、ストリートウエアとしても十分な美しさを保っている。
オランダのデザイン集団N55による「Snail Shell System」は、円筒形のポリエチレンタンク。目的地までコロコロと転がしながら移動するシェルターで、川や海を渡るためのパドルも付いている。
こうしたシェルター型の住まいは、ホームレス問題にも一役買っており、アメリカのグレゴリー・クローエン氏が廃棄物を再利用して作った車輪付きの小屋は45台以上がホームレスの人々に提供されたという。
パートナーや家族がいる人にも十分なスペースがある「物件」も多数。スロバキアのナイス・アーキテクツが考案した「Ecocapusule」は、アルミフレームをグラスファイバーで覆って断熱、ソーラーパネルと風力タービンで発電し、キッチンやリビング就寝スペースに加え、シャワーやバイオトイレまで完備。カプセルのようなデザインは未来的だ。
移動式歯科医院「Studio Dental」や自動走行でオフィス環境を提供する「Work On Wheeles」(開発中)など、住居が動くなら、歯医者やオフィスだって負けじと動く。
島のオーナーになるのだって夢ではない。タンザニアのミカエル・ジェンバーグ氏の「The Manta Underwater Room」は、ウエットスーツや酸素ボンベがなくてもダイビング気分が味わえる木造のプライベートアイランド。水面下のベッドルームは全面ガラス張りでさまざまな海の生き物とともにサンゴに囲まれて眠ることができる。
世界中から選び抜かれた280余物件を収録。動く住まいの魅力はなんといっても日常のさまざまな制約からの解放感と自由さだろう。ミニマリストはもちろん、ローンや土地に縛り付けられてしまった人も、本書でつかの間の自由を味わおう。
(グラフィック社 2000円+税)