澤田瞳子氏インタビュー
来週月曜日から、6人の女性作家が江戸時代を舞台に飾り職人や按摩師(あんまし)などさまざまな女性職人を描く、1カ月読み切りの連作短編時代小説「江戸おんな職人日乗」がスタートする。第1弾は澤田瞳子氏による「春雀二羽」。江戸時代の京都に暮らす薬師(くすし)の女性が主人公だ。
主人公は江戸幕府直轄の薬草園で働く元岡真葛。本作は連作時代小説「ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録」「師走の扶持」に続く3作目で、著者にとっては唯一のシリーズものでもある。
「江戸の小石川薬草園は有名でよく知られていますが、実は家康のこの時代、長崎など全国に幕府直轄の薬草園があったんです。この作品の舞台である京都・鷹ヶ峰の薬草園もそのひとつで、小石川よりも歴史が古い。それが面白いなと思ったのが執筆のきっかけでした。調べてみると、薬草園の管理・運営を代々任されてきたのが藤林家で、しっかり史料が残っていたんですね。そこで史実を下敷きに、真葛というフィクションを放り込んで物語を動かしていくことにしたんです」
真葛は現在24歳。幼い頃から鷹ヶ峰御薬園で娘同然に育てられた京女だ。御薬園の生薬に親しむ一方で、京の名だたる名医の下で修行を積み、本道医(内科医)としての能力も持つ。しかし、真葛は荒子たちを仕切って薬草園の手入れをしたり、薬を調じたりするほうが好きで、持ち込まれる縁談も片っ端から断る始末だった。
そんなある日、真葛の元に、ある相談事が持ち込まれる――。
「真葛の仕事は、今でいう薬剤師ですね。性格はどちらかといえば気が強くて周囲の言うことを聞かないタイプ。当時の女性としては皆が手を焼いたと思います(笑い)。今作で描きたかったのは、人物そのものというよりは日常生活の中で起きる揉め事です。生きていると、些細なすれ違いや誤解から起こるトラブルってあるじゃないですか。そうした揉め事に絡む謎を、真葛がひもといていくという物語です」
真葛が受けた相談事の中心にいるのは、真葛の義兄・藤林匡の同輩で鍼医の御薗常言とその弟・常懿である。300年前、時の帝から御薗家が賜ったとの伝承がある最古の医術書「大同類聚方」の真本がある老婆によって持ち込まれたことから、常言・常懿兄弟の確執が浮き彫りになっていく。
真面目でいささか神経質な兄と鍼術への自負がある弟との関係は、現代社会でいえば上司と部下の関係に姿を重ねて読むこともできる。猜疑心、嫉妬や焦りなど心理描写も読みどころのひとつだ。
「江戸時代の京都という舞台も面白がってもらえるのではと思っています。江戸時代といえば江戸が中心に思われがちですが、各地それぞれに独立した文化があるんですね。たとえば京都の場合は、江戸に比べ身分的な支配が緩かった。公家の住居空間である公家町などは門番がいたらしいのですが、みな平気で出入りしていて、地方から参勤交代で来た武士が見物に入っていったとか(笑い)。武士が町人を助けたり、公家の人が商人を訪ねるなど、江戸関係の史料には出てこない日常が京都にはあったんですよ」
こうした京都の文化は女の真葛が薬師として働いていたこととも無関係ではない。
「公家社会は一般的には男性中心ですが、遡る奈良・平安の頃は女性がすごく働く社会だったんですね。天皇中心の社会では、天皇を支える内政・内定の部分を担っていたのが女性だったんです。天皇の発した詔を女性が承り、そのバトンを受けて男性の役人が発表するシステムでした。こういう文化がずっと受け継がれている京都だから、真葛も薬剤師として活躍することができた。これが江戸の町だったらそうはいかなかったかもしれません。その意味でも、武家社会の理論の中で生きる江戸の男性からは、京の人たちは変わって見えたでしょうね」
同じ江戸時代でも、土地や職業が変われば別の物語が生まれる。個性の違う作家たちが紡ぎ出す「女性職人」を中心とした月替わりの短編物語をどうぞお楽しみに。