「僕の戦後舞台・テレビ・映画史70年」久米明著
大正13年に生まれ、94歳の今も現役として活躍する著者が、自らの演劇人生をつづった自伝。戦後の混乱期に息を吹き返した新劇の舞台を見て芝居の面白さに目覚め、東京商大の演劇研究会の初舞台、演劇集団「ぶどうの会」の結成、「夕鶴」との出合い、ラジオドラマやテレビでの試行錯誤、「すばらしい世界旅行」などのドキュメンタリー番組の語り、ハンフリー・ボガートの吹き替え、最近の「鶴瓶の家族に乾杯」のナレーションなど、演劇に懸けた70年間に遭遇したさまざまな経験を振り返っていく。
特に目を引くのは、演出家である岡倉士朗と福田恆存との強く深い関係性だ。木下順二の脚本の下で、ずぶの初心者だった著者に基礎から演劇を教え、ぶどうの会の要として存在していた岡倉氏と、鋭い批評眼で容赦なく役者を追い込んでいく福田氏によって育てられたという著者。演劇に情熱を注ぐ個性豊かな人々との出会いと別れによって、自らの演劇人としての道を切り開いてきた様子がよくわかる。ひとりの役者の自伝であると同時に、ラジオやテレビの創成期が描かれた戦後メディア史にもなっている。
(河出書房新社 2850円+税)