恋愛系から剣劇まで文庫時代小説
「室町無頼」(上・下)垣根涼介著
今週の特集は文庫時代小説。一口に時代小説といっても舞台となる時代は古代から江戸までさまざま。そしてその内容も恋愛、剣劇などバリエーションも豊富だ。ということで、手軽に思い思いの時代にタイムスリップできるお薦め時代小説を揃えてみた。
足利義政の治世、悪党どもが跋扈する京の都で、天涯孤独な才蔵は、独学で身につけた棒術だけを頼りに生きてきた。その腕を見込まれ用心棒に雇われた土倉(高利貸)がある夜、賊に襲われる。死を覚悟して立ち向かった才蔵は、賊の棟梁・骨皮道賢に見込まれ、命を拾われる。道賢は、多くの足軽を配下に抱える悪党の親玉であるとともに、京洛の治安をつかさどる目付職も務める得体の知れない人物だった。才蔵は道賢の知り合いの蓮田兵衛に預けられる。剣の使い手で、百姓たちの指南役でもある蓮田もまた才蔵がこれまで会ったことのない人物だった。やがて、才蔵は蓮田が恐ろしいことをたくらんでいることを知る。
応仁の乱に先立つ、寛正3年の徳政一揆の首謀者である実在の無頼漢たちの生きざまを圧倒的な筆力で描いた歴史小説。
(新潮社 上巻630円 下巻590円+税)
「遥かなる城沼」安住洋子著
館林藩の徒目付・源吾の次男で、幼いころから神童と呼ばれた芳之助が私塾から藩校へ移ることになった。下級藩士の子弟が上級藩士の子弟が通う藩校への入学を許されるのは異例だ。
1つ上の兄・惣一郎は、塾生らの嫉妬を感じ、気が重い。父からは弟と妹の千佳を守るよう言われて育ったが、学問では芳之助に遠く及ばず、剣術も千佳の方が秀でており、不甲斐ない思いをするばかりだった。
一方で惣一郎は、源吾の左腕の大きな傷痕が気になる。惣一郎が生まれる前年、源吾は役目をしくじり家禄を半分に減らされた。傷はそのことと関係があるようだが、父は何も語ってくれない。そんなある日、芳之助が塾生に襲われる。その中にはかつて惣一郎の親友だった寿太郎の姿もあった。
3兄弟の成長を描いた長編時代青春小説。
(小学館 690円+税)
「真田家の野望」麻倉一矢著
水戸徳川家の御曹司・光圀がお忍びで通う湯屋「富士乃湯」が休業する。信州松代藩から買い付けている薪が届かないらしい。湯を目当てに集まった町衆が不満を漏らす中、現れた2人組の遊行僧が松代藩真田家を激しくののしる。不審を抱いた光圀の連れ角兵衛が尾行すると、2人は紀州藩邸の様子をうかがっていたが撃たれ、遺体は藩邸内に運び込まれたという。
2人は密偵だったようだ。松代藩主はかの真田幸村の兄・信之で、多くの人から信頼される信之の藩がにわかに薪の供給をやめたことが解せない。一方で幸村の遺児が仙台藩にかくまわれているとの噂が本当だったことを知った光圀は、密偵は仙台藩の手先だったのではないかと疑う。
幸村の残した8連発銃による幕府転覆の企てを若き光圀が阻止する時代エンターテインメント。
(徳間書店 670円+税)
「恋糸ほぐし 花簪職人四季覚」田牧大和著
花簪職人の忠吉は、師の急死で仕事も住居も失ってしまう。端切れで作った簪を露店で売り、糊口をしのいでいたが、幼馴染みの大吉に声をかけられ、彼が住職を務める麻布の大中寺で寺男として働き始める。孤児だった忠吉と大吉は、杉修和尚によって育てられ、寺は実家のようなものだった。
和尚から寺に迷い込んだ少女「さき」の世話を託された忠吉は、幼い時の出来事が原因で言葉を発しない彼女の心を解きほぐそうと、とっておきの材料で簪を作る。
一方で忠吉は、和尚に代わり、寺を訪ねてくる人々の悩み事を聞く役目も務めることに。やがて恋の悩みを相談に来た男に贈った簪が「縁結び」の評判を呼び、注文が殺到する。
人間関係にこじれた人々の心の糸を解きほぐす花簪職人を主人公にした時代人情小説。
(実業之日本社 750円+税)
「大江戸閻魔帳」藤井邦夫著
元浜町の閻魔長屋に暮らす若い戯作者・青山麟太郎は、ある日、地本問屋「蔦屋」の2代目、お蔦のお供で上野池ノ谷に向かう。数日前、お蔦の元に写楽の大首絵が持ち込まれたのだが、真贋が分からない。そこで目利きの本阿弥道悦に頼むことにしたのだ。
大首絵を道悦に預けた麟太郎とお蔦は、絵を持ち込んだ御家人に、手に入れた経緯を聞くため家を訪ねるが、御家人は殺されていた。荒らされた家の中で狛犬の根付を見つけた麟太郎は、御家人殺しと根付の持ち主の関係を探り始める。
一方、お蔦は、根付の狛犬の吽の結ばれた口と、写楽の大首絵の口の形が同じことに気づく。やがて2人は写楽によく似た絵を描く年寄りがいると耳にし――。(「写楽は誰だ」)
戯作者・閻魔堂赤鬼こと麟太郎と蔦屋の2代目が江戸の事件を追いかける全4話を収録。
(講談社 700円+税)