「ドライブイン探訪」橋本倫史著

公開日: 更新日:

 ファミリーレストランやファストフード店に取って代わられ、姿を消しつつある全国のドライブインを巡るビジュアルルポルタージュ。

 10年前、原付で日本各地を巡る旅をしていた著者は、九州の国道10号を走っているときに奇妙な建物に気づく。昭和57年生まれの著者にはなじみのないドライブインだった。国道沿いの風景に目を凝らしてみると、廃虚化したドライブインが数多くあり、かつてドライブインの時代があったことに思い至る。まだ営業中の店を訪ね、なぜドライブインを始めたのか、なぜこの場所だったのか、そこでどんな時間が流れてきたのかを取材することで、日本の戦後史に触れることができるのではないかと考えた著者は、以来、全国200軒近いドライブインを巡ってきたという。

 そのひとつ「ミッキーハウスドライブイン」は、北海道の道東、釧路と帯広を結ぶ国道38号沿いの直別という町にある。十勝平野の原野を抜けた先にある直別には、かつて5軒ものドライブインがあり、「酪農とドライブインの町」をうたっていたが、現在営業しているのは同店だけ。

「鹿焼肉定食」に舌鼓を打ちながら話を聞くと、今、一人で店を切り盛りする晃子さんは神奈川県の出身。夫と神奈川で焼き肉店を営んでいたが、1974年、夫が故郷に戻り両親の面倒を見ると言い出し北海道に移住する。

 当時は空前の北海道ブームで観光客が大挙して来道。夫婦で喫茶店やラーメン店、ライダーハウスなどを営んだ末に、還暦を迎えてから、空き物件だったこの店で営業を始めたという。すでにドライブインの最盛期は過ぎていたが、ライダーハウスも兼ねた店は最初の数年は、よその店からお宅のせいで客が来なくなったと怒鳴り込まれるほど繁盛したという。しかし、現在は新しい道もできてすっかり交通量も減り、シーズンでも数えるほどの宿泊客しか来ないが、2005年に夫が亡くなった後も晃子さんは1人で営業を続けてきたという。

 九州の別府と阿蘇を結ぶ県道11号、通称「やまなみハイウェイ」の終点近くにある「城山ドライブイン」は、1964年の開業。その5年後、嫁に来たサヨ子さんによると、ゴールデンウイークなど、うどん1杯50円の時代に1日に100万円の売り上げがあったほど忙しかったという。著者は、2016年の地震の被害に遭い解体された同店とサヨ子さんのその後も取材を続けている。

 他にも、江戸時代の茶屋が起源で260年にわたって東海道を見守り続けてきたという掛川市の「小泉屋」や、店の周りの風景は様変わりしたが、店内は1964年の創業当時からほとんど変わっていないという奈良の「山添ドライブイン」など。店主の話を手掛かりに、綿密な取材と史料で当時の社会事情から飲食店文化、そして地域の歴史まで明らかにしていく。訪ねた200近くの店から、気になる店20余店を再訪し、さらに後日、じっくりと話を聞くために再々訪するという気が遠くなるような取材を経て書かれた渾身の一作だ。

(筑摩書房 1700円+税)

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…