「新装版谷崎潤一郎文学の着物を見る」大野らふ、中村圭子編著
耽美的な作品で今も根強い人気を誇る作家・谷崎潤一郎の代表作「細雪」は、着物を愛する女性たちのバイブルのような作品だという。何度も映画化や舞台化され、出演した女優たちの華やかな着物姿に引かれるからだ。しかし、映像や舞台では、小説が描写したものとは異なる着物が多く用いられてきたという。
そこで本書では、作家が細雪に登場する女性たちの着物をどのようにイメージしていたのか、小説の描写はもちろん、作品のモデルになった人々の写真なども手掛かりにしながら、アンティーク着物で再現したビジュアル・スタイルブック。
細雪は、谷崎が3番目の妻・松子と彼女と前夫の子・恵美子、そして松子の妹、重子と信子らと暮らした日々を題材にして書かれた。作中、主人公の姉妹らが京都に花見に出かける象徴的な場面があるが、全く同じシチュエーションで昭和15(1940)年に平安神宮に花見に出かけた松子たち4人の写真が残されている。
当時、作中の人物たちと年齢も同じ松子姉妹はさまざまな花の柄の着物を身に着けており、それらにそっくりな昭和初期に仕立てられたアンティーク着物に加え、羽織やショールまで忠実にスタイリング。写真はモノクロだが、色鮮やかな着物を見ると、作品に出てくる控えめな三女と、奔放な四女というそれぞれの姉妹の個性までがよく表れている。
また、作中で姉妹が帯を選ぶ場面では、「観世水」や「露芝」などの意匠が出てくるが、どんな帯を選んだかは記されていない。本書では、単行本になったときに添えられた日本画家の小倉遊亀が描いた挿絵を再現した暗紫色に紅葉柄の着物に大きなチョウの柄の帯を締めたコーディネートを紹介する。
松子らは、実生活では大きな柄の矢絣の着物をよく身に着けていた。そんな普段着姿の写真も残されており、そうした姿も忠実に再現。
「細雪」の他にも、谷崎と最初の妻・千代、そして親友だった佐藤春夫の三角関係をモデルにした「神と人との間」という小説の挿絵に描かれるヒロインの朝子が着ているバラ柄の着物や、良妻賢母タイプの千代とは正反対の妖婦タイプの妹・せい子をモデルにした「痴人の愛」のヒロイン・ナオミが女学生に成りすました時の装いや横しまの浴衣に大胆なひまわりの柄の帯を合わせた姿なども再現する。
谷崎は小説の中で着物の素材や柄などを丁寧に描写しており、ナオミが着ていたジョーゼットの着物のようにその時代の流行も取り入れている。ヒロインの着物姿を時代順に並べると、流行の変遷や谷崎の女性の好みがアバンギャルドから日本趣味に変わっていくさままで分かるという。
棟方志功など名だたる芸術家たちによる豪華な挿絵や谷崎が撮影したという写真なども多数収録。他にも多くの作品を紹介しながら、女性を崇拝していたという谷崎自身の人生にも触れられ、谷崎文学の魅力を伝える格好の入門書としても楽しめる。
(河出書房新社 1900円+税)