「天井美術館」五十嵐太郎、菊地尊也著
世に名建築と呼ばれる建物は、設計者の世界観や美意識が隅々にまで行き届き、みじんも破綻がない。もちろん利用者や訪問者が普段は見上げることがないような天井にも一切の妥協がない。
本書は、そんな名建築ならではの「天井芸術」の数々を紹介する写真集。
ミュージカルやオペラの殿堂として名高い「日生劇場」(表紙=1963年竣工)のそれは、写真を見ただけでは、建物の天井とは決して分からない。オフィスビルでもある建物は御影石を用いた重厚な造りだが、劇場内部は曲線が多用された幻想的な空間。天井には2万枚もの平面加工されたアコヤガイが張り付けられ、マンタの口のような開口部は照明調整室で、そこからの光の反射で劇場の床の赤じゅうたんが映り込みグラデーションをつくり出す。まるで洞窟か生き物の中にでも迷い込んだような空間で、天井と壁の隙間からもれる間接照明の明かりが、現実世界への脱出口にも見える。
同じホールでも、群馬県高崎市の「群馬音楽センター」(1961年竣工)の天井は、日生劇場とは対照的に幾何学的だ。
鉄筋コンクリートの薄板を組み合わせ、折れ曲がった多面体状の「折板構造」がつくり出す空間は、天井と壁が一体となった近未来的空間で、折板の壁が独特の音響効果をもたらすという。
1896(明治29)年竣工という都内に残る最も古い木造洋館「旧岩崎邸」は、三菱財閥の3代目総帥・久弥の旧邸。天井も各部屋ごとに色彩や装飾が異なる贅を尽くした建物だが、中でも婦人客室の日本刺繍が施された布張りの華麗な天井は見どころのひとつだという。
ほかにも、狩野安信の筆による巨大な竜が天井から人々をにらみつける日光東照宮・本地堂(1968年再建)、戦場に張られた天幕をイメージして装飾された迎賓館赤坂離宮(1909年竣工)の「彩鸞の間」のフランスの宮殿のような天井、ヨーロッパの石造りの教会の天井を木造で再現したような福岡県の「今村天主堂」(1913年竣工)、そして歩行者天国の頭上、幅30メートル、長さ250メートルの超巨大なスクリーンの天井に最新テクノロジーで巨大なクジラなどのリアルな映像が映し出される中国・北京の「世貿天階」(2006年竣工)や、ひとつのモチーフが反復増殖して無限の広がりを感じるイギリスのケンブリッジ大学の中にある礼拝堂「キングス・カレッジ・チャペル」(1515年竣工)など。まさに芸術と呼ぶべき凝りに凝った美しい天井から設計者や職人たちの仕事へのこだわりが伝わってくる国内外40物件を収録。
壮大、壮麗な建築物ばかりでなく、かつて芸妓や太夫を呼び遊宴が催された京都の揚屋建築「角屋」(1641年)の扇面を配した粋な紙張りの天井や、茶匠・織田有楽斎設計の茶室「有楽苑 如庵」(1618年)の杉板と竹がつくり出す質素でありながら上品な天井など、日本建築の天井も味わい深い。
意外な視点で名建築の素晴らしさを改めて教えてくれるお薦め本。
(グラフィック社 2900円+税)