「老人ホーム リアルな暮らし」小嶋勝利氏
「子供の反対を押し切り、自らホームに入居し、死期も自覚していたかのように穏やかに息を引き取った83歳の女性もいれば、夫婦ともに認知症で入居した元官僚の男性は、過去の浮気が原因で妻から居室で虐待され続けていたので、夫婦を分離して介護したというケースもあります。有料老人ホームは、メディアで報道されるほど悲惨な場所ではありませんし、人生の一部を過ごす効果的なツールだと考えています」
著者は大学卒業後、大手不動産会社で営業実務を約10年担当し、介護業界に転職。職員や施設長の経験をもとに、老人ホームの現状と問題点を本書でまとめている。
「入居者や家族には、老人ホームの日常を知ってほしい。食事や入浴の時間が決まっているのも、シフト制で動く職員が安全に24時間見守るために必要なんです。好き勝手に生活できず、我慢しなければならないこともありますが、実は入居者同士の見守りや支援もあるので、自宅介護よりは、はるかに安全なんです」
老人ホームに親を入れるなんて「かわいそう」「恥ずかしい」と思う人もまだ多い。
「立派で自慢の親だったのでしょう。親が認知症というのが恥ずかしくて、家族が認めないケースも。大好きだった自慢の親を自宅介護で隠し続け、最後は大嫌いになって、ののしって終わるというパターンのほうがツライですよ」
介護業界の疲弊は、もはや誰もが知るところ。きつい仕事に低賃金、慢性的な人手不足は否めない。
「半分は事業所も悪いんだけど、もう半分は利用者側も悪い。2000年の介護保険制度開始で、介護は契約とサービスになりました。問題は『サービスとはなんぞや』って話です。国は事業所というか介護職員に『お客さまは神様、絶対服従』と押しつけたわけです。低賃金で絶対服従って、奴隷ですよ。そりゃみんなやってられない。利用者も金を払ってるという感覚でいるから、職員にあれこれ注文をつけて文句ばかり。介護に期待をし過ぎなんです。親を入居させても普段は音信不通、何か起こると出現して損害賠償を求める家族を、業界では『カリフォルニアの親戚』と呼ぶ人もいますよ」
著者はホームの実態を包み隠さず解説し、利用者にも職員にも辛辣な苦言を呈している。
「みなさん勘違いしてるんだけど、介護職員って基本的には好きでやってる人はいませんよ。この本にも書きましたが、ほとんどが他に行くところがなくて来てるの。要するに、コミュニケーション能力が低かったり、許容範囲が狭かったりする人なんですよ。そんな人に過剰な期待をしても無理。介護職員を聖職者かのようにとらえないでほしいし、介護を美談にしてほしくもない。そもそもホームには得手・不得手があります。認知症が得意なホーム、体が不自由な人に上手に対応するホーム、元気な人に生きがいを提供するホームなど多種多様。すべてに万能な施設などなくて、専門特化していると考えてください」
本書の後半では、有料老人ホームでのエピソードをつづっている。元キャリア官僚や元会社社長の困った性質や癖が、ホームでは職員から嫌われるという興味深い話もある。
「残念ながら、男性はホームで嫌われる人が多いです。特に企業戦士だった人は職員にネチネチ説教したりします。自分で『できない』と言えず『察してくれ』となるわけですよ。職員も多忙だし、人間ですから無視することもあります。嫌われないためには、しなやかに自分の考えや生活を変えられる、多様性を受け入れる懐の深さが必要かもしれません」
(祥伝社 820円+税)
▽こじま・かつとし 1965年、神奈川県生まれ。現在は民間の老人ホームを斡旋・紹介する「みんかい」(民間介護施設紹介センター)を運営。電話相談はひと月に1000件、そのうち150~300人を入居契約に導いている。著書に「誰も書かなかった老人ホーム」など。