「リバタリアニズム」渡辺靖氏
オバマにもトランプにも共感しない。保守のように銃規制や社会保障費増額には反対するが、同性婚や中絶には賛成。ナショナリズムやイラク戦争には反対……これまでの左右対立におさまらない、アメリカの若い世代に広まりつつある新潮流「リバタリアニズム(自由至上主義)」。その実情をリポートする一冊だ。
「次の大統領選挙の候補者として注目が高まっているスターバックス前会長のハワード・シュルツは、リバタリアンだと明言はしていませんが非常に近い考えの持ち主です。LGBTQや移民の権利、経済的規制緩和を主張し、民間活力を用いた小さな政府を理想とする。彼のようなスタートアップのトップや、シリコンバレー界隈にはリバタリアン的価値観の持ち主が多いんですね。彼らはアメリカのミレニアル世代のヒーローでもあり、今の若者の気持ちを反映しているんです」
日本では保守の一派とされがちなリバタリアンだが、本書によると、大ざっぱに言えば経済的保守・社会的リベラルに位置づけられる。
「わかりやすいイメージは『大草原の小さな家』のインガルス家ですね。政府に頼らず、自らの信念に基づいて独立して生きる。ただしインガルス家のように聖書に忠実というわけではなく、結婚相手も男女に限りません。そういう点で『古きよき保守』とは違います。リバタリアンが何より重視するのは、個人の自由です。言論の自由を重視するので政治的スタンスの幅も広いんですが、自由市場、最小国家、社会的寛容という基本姿勢は共通しています」
リバタリアン党自体は弱小政党だが、本書によれば、共和党や民主党員として内部から変革を目指す動きが全米各地で活発らしい。著者はトランプ政権発足後、1年半近くにわたりアメリカ本土やハワイなど各地のリバタリアンを訪問し、調査を重ねた。
「マリフアナや銃の規制撤廃を主張しているので、日本ではリバタリアン=過激というイメージもあるようです。私も取材前は教条的な人たちかと思っていました。でも実際に会うと、フレンドリーでオープンな人ばかり。印象深かったのは、シリコンバレーと北京のギャップです。本に書いたように、シーステッド(海上の自治都市)創設を目指す青年をグーグル本社で取材しましたが、彼らはきれいな施設のひらけた空気の中で、自ら世界を変えてやろうと本気で考えている。一方、北京のリバタリアン系研究所は、政府の弾圧を恐れ住宅の一角に隠れるようにあるけれど、信念を貫き命懸けで活動していて、感銘を受けました」
本書では他にも、バルカン半島北部に「建国」され話題となった「リベルランド自由共和国」など、アメリカのみならず世界各地のユニークなリバタリアンの動向も報告されている。日本ではまだ目立った動きはないが、近い考え方はすでに広まっていると著者は言う。
「最近の学生と話していると、日本のミレニアル世代の考えもリバタリアン的だと感じます。生き方の多様性を求めていて、もう政府にはあまり期待せず、政治への不満を言うより民間で自分たちでやってしまおう、という学生は多いですよ。アメリカと同じように、社会のトレンドがリバタリアンの考えに近づいてきているんです。それをどう受け止めるかは読者に委ねたいですが、この本が、保守かリベラルかの二択で思考停止しがちな日本人の頭をやわらかくする一助になればと思っています」
(中央公論新社 800円+税)
▽わたなべ・やすし 1967年生まれ。97年ハーバード大学大学院博士課程修了。同大国際問題研究所、ケンブリッジ大学フェローなどを経て、2005年から慶応義塾大学SFC教授。専門はアメリカ研究、文化政策論。著書に「アフター・アメリカ」「アメリカン・デモクラシーの逆説」「沈まぬアメリカ」などがある。