冷戦下のポーランドで数奇な運命をたどる男と少女
ベルリンの壁の開放から今年で30年。しかしその前の40年間、ベルリンとドイツはふたつに分断され、冷戦の巨大な壁は世界に厳然とそびえていた。先週末から公開中の「COLD WAR あの歌、2つの心」はこの現実を背景にした悲恋の物語。
冷戦下のポーランドでジャズピアニストを夢見る男が、年の離れた少女に魅せられる。父親殺しの噂のある、不敵な目つきの少女ズーラ。映画はこのふたりが亡命、別離、再会を繰り返しながらたどる数奇な運命を描く。
ズーラは「ファム・ファタール」型、つまり男を滅ぼす宿命の女なのだが、それがたとえようもなく魅力的に見えるのは冷戦下の冷々とした心情を表すかのようなモノクロームの映像と、スラブの響き豊かなポーランド語のおかげだろう。特に冒頭しばらく繰り広げられるポーランドの民族舞踊と歌謡の奥深さは圧倒的だ。数奇というにしてもあまりに浮沈と変転の多い物語は、パヴェウ・パヴリコフスキ監督自身の両親の人生を投影したものだという。
そういえば、かつて映画化もされて世界的なベストセラーになったボリース・パステルナーク著「ドクトル・ジヴァゴ」(未知谷 8000円+税)も、ロシア革命で引き裂かれる男女の愛を叙事的な現代史を背景に描いた物語である。
しかし冷戦下のソ連では「反革命的」の烙印を押されて発禁。著者も家族と引き離されるという当局からの圧力でノーベル賞を辞退。急いで出版された邦訳は、実は英語とイタリア語訳からの重訳だった。
その後、だいぶ経ってからロシア語からの新訳が出たものの、やがて品切れ状態に。その後、初訳から数えるとおよそ半世紀ぶりに出版されたのが、工藤正廣訳による上記の本。
いわば邦訳の歴史も、運命に翻弄されながら命脈を保ってきたのである。 <生井英考>