「行ける工場夜景写真集」BACON監修
昼間は無機質で無表情な工場も、夜になるとライトアップされて、ガラッと印象が変わる。そんな工場夜景がブームとなって久しく、クルーズ船で海上から観賞するツアーなども人気を呼んでいる。
本書は、そんな工場夜景に魅せられた写真家14人の作品を編んだ写真集だ。
巻頭を飾る(表紙カバーも)大倉裕史氏は、全国の工場、工業地帯の撮影を続けている大ベテラン。「旭化成水島製造所」(岡山県倉敷市)を近くの小高い丘から撮影した一枚は、樹木の暗がりの中から屹立した大きな2本の蒸留塔が周囲を圧倒するような存在感を放ち、ライトアップされた塔の表面の金属の重厚な質感までもがリアルに伝わってくる。同製造所を東側の高台から眺望すると、また別の表情をみせる。さまざまなサイズのパイプが縦横無尽に立体的に張り巡らされたさまは、複雑で巨大なジャングルジムのようでもあり、幼かった頃のわくわく感が心の片隅でうずきだす。
工場夜景は敷地の外から望遠レンズなどで撮影するのが一般的だが、埼玉県和光市の下水道処理施設「新河岸川水循環センター」の夜景は、場内で行われた撮影会で撮影されたもので、普段は近寄ることができない巨大プラントを足元から見上げ、迫力満点。
一方、長い歴史を誇る和歌山県有田市の「JXTGエネルギー和歌山製油所」は、戦後の高度成長期に埋め立て地に建設されたコンビナートとは一線を画し、住宅街に隣接。整然と並んだタンクとまばゆいばかりに光り輝くプラントが夜のとばりに沈む静かな住宅街に寄り添い、日常と非日常が融合した不思議な光景をつくり出す。
高度なフォトレタッチが施された氏の作品は、精巧に描かれたイラストのようでもあり、見る者は風景が語りだす物語に思わず耳を澄ませてしまう。
工場夜景を撮るために2015年からカメラを始めたというYasunori.W氏の静岡県富士市の「日本製紙富士工場」の写真の背景には富士山がそびえ、空には美しい星空が広がる。手前の川面にも煙を上げながら稼働する工場が写り込み、ミスマッチの妙が幻想的な光景となっている。
他にも巨大なダクトが、生き物のようにのたくる曲線美が官能的な「宇部興産苅田セメント工場」(福岡県京都郡、柴田光氏撮影)や、加工によって際立ったメタリックな輝きがタイやインドの寺院を彷彿とさせる「日本触媒姫路製造所」(兵庫県姫路市、安積ゆきの氏撮影)など。同じ被写体を撮影している場合もあるが、撮影ポイントや撮影時間、そしてカメラマンによって、まったく異なる工場夜景が切り取られる。
人物らしき姿はほとんど写らず、人々が寝静まった夜中でもただ寡黙に仕事を続ける工場を撮影した写真なのだが、なぜか眺めているとストレスが融解されるような心地よさがある。
写真を見て癒やされるだけでなく、実物も見たくなる。そんな人向けに撮影ポイントや撮影上のアドバイスなども記された親切編集。
(KADOKAWA 1900円+税)