「Saudade」木村ゆり著
世界22カ国、50を超える街への旅を一冊に凝縮したフォト紀行。書名の「Saudade‥サウダージ」とは、ポルトガル語で「今は離れている愛する人や土地、大切な何かを恋い慕う思い」を表す言葉。その言葉通り、写真に添えられる文章は少なくとも、訪れた街々で出会った人々や、風景への思いを込めて撮影された詩的な写真が旅の日々を雄弁に物語る。
パリを夜行列車で出発し、イベリア半島最南端近くのアルヘシラスでフェリーに乗り換え、たどり着いた先、モロッコの古都フェズから旅が始まる。
メディナと呼ばれる旧市街の正門ブー・ジュルード門をくぐると、そこは巨大な迷宮。複雑に入り乱れる路地に沿って、さまざまな露店や店、工房、モスクが並び、人々の日常が淡々と営まれる空間は、異国ながらもどこか懐かしさと心地よさを感じる。路地の水くみ場でロバと休憩する人など、ここでは時間が止まってしまっているかのような錯覚さえ覚える。
首都ラバトを経て、モロッコを後にしたら再びスペインへ戻り、イベリア半島最後のイスラム王朝の都だったグラナダへ。フラメンコの本場・アンダルシア地方に位置するこの街では、店の2階の軒先から吊り下げられた色とりどりの華やかなフラメンコ衣装が通りを彩る。アルハンブラ宮殿など、観光名所も押さえるが、カメラは狭い路地にまで入り込み、小さな露店や市場、おじいさん職人が細々と営むわら細工の店など、ここでも人々の暮らしに深く入り込む。
他にも真っ白な家々が断崖の砂岩の尾根の上に立ち並ぶ「アルコス・デ・ラ・フロンテーラ」やマドリード、ドン・キホーテの舞台ラ・マンチャ地方の「コンスエグラ」、バルセロナなどを巡り、再びパリへ。
花の都といわれるパリでも、おいしそうな料理が並ぶ総菜屋のウインドーや、雨に濡れた公園のイスなど、たわいもないものに心を引かれ、シャッターが押される。ざらりとした手触りを感じさせる仕上がりのその写真は、それぞれが映画のワンシーンのようでもあり、見ているうちに読者をそのまま街の中に誘い込み、旅人の気分にさせてくれる。
中欧各国を経て、1990年ごろまでほぼ鎖国状態だったというアルバニアへ。旅に出る前に見た古い通りの写真に導かれ訪ねた「ショコドラ」や「クルヤ」など、言葉は通じなくとも人々の優しさに助けられ旅は続く。
誰もが知る首都や世界遺産の街の合間に、ブルガリアの原風景が残る村「アルバナシ」など、知る人ぞ知る小さな町、小さな村々をつなぐように丁寧に巡りながら、ヨーロッパ大陸とアジアを結ぶトルコを経て、スリランカ(写真④)、アジア各国、中国、台湾を巡り南米、そしてハワイへ。
地球を一周するかのように自らの足で歩き、心に触れた風景だけを写真に収める旅は、ガイドブックには載っていない著者だけのオリジナルの旅だ。眺めているうちに、自分も、自分だけのオリジナルの旅を求めて出かけたくなる。世界はまだまだすてきな場所にあふれている。
(幻冬舎メディアコンサルティング 1200円+税)