「2050年のメディア」下山進著/文藝春秋/1800円+税
ウェブメディアに従事する自分にとってはとにかく面白い本だった。戦国時代好きや三国志好きな人にとっても面白く感じられるかもしれない。とはいっても「2050年のメディア」というタイトルだけで「この本には30年後のメディア業界の完全予測が書かれているのか!」なんて思うと肩透かしをくらう。実際、アマゾンのレビューで「星1つ」をつけた人は「タイトルと中身の乖離がひどい」と評している。
同書は、慶応SFCの同題の講座がもとになっている。内容としては、インターネットの時代に新聞社をはじめとしたオールドメディアがいかに対応に苦慮したかが描かれ、ヤフーが圧勝する様子がつぶさに示される。海外の事情も適宜紹介されている。
新聞各社がいかにネットに対処するか、ヤフーがいかに新聞社と付き合ってきたか、などは実名がバシバシと登場する。何しろ2006年からウェブメディアにかかわってきた私自分の歴史とも、完全に並行して展開されてきた大変革の裏事情を知れたのだから自分の仕事を改めて振り返ることができた。
実際、今のウェブメディア界はヤフーに牛耳られている感覚がある。そのシステムに私も組み込まれているが、当初新聞社はヤフーにあらがおうとしていた。今では完全に金玉を掴まれているような状態だが、これもいつまで続くかは分からない。そういった意味も含めて未来を読者の皆さん予想してみてくださいね、と著者はタイトルに込めたのではないだろうか。
ネットに対して苦々しく思う新聞社社員の苦悩や、時代の風を読むことができた優秀な新聞記者も次々と登場し、サラリーマンものとしても読める。
そして、メディアの歴史を知ることができた点も良い。学生時代、地方から出てきた同級生から読売新聞の販売員との恐怖の対決を聞いたことがある。靴を玄関に入れ、ドアが閉まらないようにされたり、「契約するまで帰らねぇからな、オラ」と言われたそうだ。「恐怖の読売新聞販売員」だが、本書には読売の「拡張団」が登場する。
新潟日報の牙城を崩そうと読売の拡張団が80人の規模で新潟市西区にやってきた部分はエグい。新潟日報の部長が「拡材を使って拡販をするのは違法」と注意をすると、こうなる。
〈拡張団のボス、じろりとこちらを睨み「冗談じゃねえ」と凄む〉
こうした古き良き(?)時代のメディア人の泥くささも随所に描かれている。
★★★(選者・中川純一郎)