「黄昏 IntheTwilight 」水口博也著
ネーチャーフォトの第一人者で、海洋生物を中心に撮影を行ってきた著者は、黄昏どきは写真家にとって「もっとも心躍る時間」だという。太陽が傾き、光に緋色が感じられる頃になると、日中のまばゆいほどの光とそれがつくる影の目障りなコントラストが消え、穏やかな光の中で「万物が本来もつ諧調を見せてくれる」からだ。森の木の一本一本、葉の一枚一枚の細かな陰影までが浮き彫りになり、目の前の風景がこれほどまでに豊かだったことを再認識させてくれるのが、この時刻だという。刻々と変わる光が、その風景をさらに魅力的にしてくれる。
本書は、そんな黄昏どきに撮影した野生動物や風景の写真を編んだフォト紀行エッセー。
撮影地は、世界各地の野生動物の生息地。そのひとつ、カナダの太平洋岸、氷河の浸食によってつくられたフィヨルド(峡湾)に広がる沿岸水路は、海洋生物の生態を観察するために毎年のように通った場所で、特にバンクーバー島北端近くのジョンストン海峡では毎夏、シャチを追って過ごしたという。
夕暮れどきのシャチは海面のひとところにとどまり、くつろいだように家族で体を寄せ合ったり触れたりしていることが多い。
海上で迎える黄昏どきは、陸上のそれとはまた異なる別格の美しさで、凪いだ海面は黄金の油を流したように輝く。シャチの姿も神々しく光り輝き、彼らが噴気をあげると、霧状の水しぶきが黄金の粒子となり、燃え立つ炎のようだ。
ジョンストン海峡から北に向かい東南アラスカと呼ばれる地域の沿岸水路は、ザトウクジラの餌場でもある。彼らは時に10頭を超える集団でニシンの群れを追い詰めて捕食する。
歌うクジラとも呼ばれ、海中で発する声が船体を震わす。その声が途切れると、海面に彼らが吐き出した泡で円弧が描かれ、巨大な口を開いたクジラたちが一斉に海面から割って出てくる。
「バブルネット・フィーディング」と呼ばれるその漁は延々と続き、ある時などは太陽が中天にあるうちに始まり、黄昏どきを迎えても終わることがなかった。
ほかにも、クジラの祖先をたどって訪ねたアフリカのオカバンゴデルタで撮影した水場で過ごすアフリカゾウやカバ、ケニア・マサイマラ国立保護区の雄大な夕空を背景にしたオスのインパラのシルエットなどの陸上の動物たちをはじめ、夕焼けに燃えるナミブ砂漠や差し込む光によって表情が変わるアメリカ・ユタ州のアンテロープキャニオンの絶景、すべてが茜色に染まった南極半島の夕暮れの海面で跳びはねるジェンツーペンギンなど。
万物が一日を無事に終えようとしていることをたたえるかのようなマジックアワー。その優しい光に映し出され、本来の美しさを放つ動物や風景が、見る者にひとときの安らぎを与えてくれる。地球はまだまだ大丈夫だと。
(創元社 3400円+税)