「こんな写真を撮ってきた」椎名誠著
作家、映画監督、写真家として世界の辺境地帯に足を運んできた著者。その体験はテーマごとに多くの写真集や著作に結実している。本書は、著者がこれまで撮影してきた膨大な写真を厳選して編んだ作品集。
各地で出会った子供たちを被写体にした「少年よ、娘たちよ」と題された巻頭の章を開いて、まず目に飛び込んでくるのは、聡明な瞳でレンズを見つめる少女と、恥ずかしさからなのか視線をはずして笑う少年の姉弟。チベットから1000キロも離れた聖山カイラスに向かう途中の、小さな食堂を手伝っていた2人にとって、この写真は生まれて初めて撮ってもらった写真だという。3年後、再訪した著者に写真のプリントをプレゼントされた2人は、魔法でも見るように見つめて、チベット語で「ありがとう」とはずむようにお礼を言ったそうだ。
この写真について著者は、自分が撮ったものだが、何かとても大きなメッセージを突きつけられたような気がするという。
今は政治的な理由でチベットにも容易には行けなくなったが、撮影から20年ほどが経ち、彼女にはもう子供もいることだろうと思うと、一期一会のそのわずかな縁が大きなものに感じると。
表紙の子とは、カンボジアの山奥の薪小屋に泊めてもらったときに出会った。まだ幼児のあどけなさが残るこの少女が手にしているのは石油ランプだ。夜になると毒蛇が出るという山道を歩いて、さらに山奥で暮らしているおじいちゃんのところへ届けに行くところだそうだ。
かと思えば40年ほど前、南西諸島西表島の海浜村で撮影した少年は、「にいにい(にいちゃん)写真とっちょくれい。チンチン出すからとっちょくりぃ」と声をかけられ撮った写真だそうだ。
この少年とは7、8年後に那覇の空港で声をかけられ、再会したそうだ。
続く「その人のために動いていく空や風がある」の章では、世界の辺境で出会った息をのむような風景とそこに生きる人々の姿を撮影した作品が並ぶ。
ミャンマーの山岳地帯にあるタウンタマン湖に架かる全長1200メートルのチーク材でできた素朴ながら美しい橋、ゴビ砂漠をゆく遊牧民とラクダ、南国の孤島で椰子の木登りの練習をする少年たちや、モンゴルの大草原で草競馬ナーダムの練習に励む少女など。
雄大な景色に溶け込んで暮らす人々の姿が、デジタルやグローバル化などという今風の言葉とは無縁の、それぞれの文化が内包する美しさや豊かさを感じさせる。
タクラマカン砂漠のオアシスに住んでいたロプ人の末裔だという老人や、人口3人の奥武島の漁師、くわえたばこでこれから道路工事に行くという中国の若者のポートレートなどもある。
写真に触発されて思い出が蘇るのか、それぞれの作品に往時のエピソードも添えられる。
時系列も、撮影地もバラバラなのだが、なぜか読者は氏の人生の「写真日記」を見ているような気分になってくる。
(新日本出版社 3000円+税)