著者のコラム一覧
北上次郎評論家

1946年、東京都生まれ。明治大学文学部卒。本名は目黒考二。76年、椎名誠を編集長に「本の雑誌」を創刊。ペンネームの北上次郎名で「冒険小説論―近代ヒーロー像100年の変遷」など著作多数。本紙でも「北上次郎のこれが面白極上本だ!」を好評連載中。趣味は競馬。

「父を撃った12の銃弾」 ハンナ・ティンティ著 松本剛史訳

公開日: 更新日:

 父親の体には、たくさんの銃弾の痕がある。ルーはその傷痕を見て成長する。父さんの傷はどうしてあんなにたくさんあるんだろうと。旅暮らしなので、いつも友人が出来る前に引っ越す連続だが、そのことに不満はない。母さんはどんな人だったのだろうと思うだけだ。いじめに遭ったり(それでもこの少女は黙ってやられていないから頼もしい)、幼い恋をしたりして少女の日々は過ぎていく。

 並行して語られるのは、父親ホーリーの青春記だ。銃弾の痕がなぜ出来たのか、その経緯をひとつずつ語る回想が挿入されていく。中でも印象深いのは、リリーに撃たれることになった経緯だ。お涙ちょうだいの美談をでっちあげてトラックを盗もうとした15歳の少年をホーリーが叩きのめしたとき、彼の圧倒的な暴力を止めるためにリリーは銃を発射する。いくらホーリーの体ではなく、足に向かって発射したとはいえ、激しい女性といっていい。

 不穏な空気がどんどん膨れ上がって、ラストになだれ込んでいくストーリー展開もうまいが、なんといっても自然描写が素晴らしい。生まれたばかりの娘ルーを連れて、母親リリーと父親ホーリーが湖で泳ぐシーンが特に美しい。つまり、人物造形が巧みで、ストーリーも面白く、描写も秀逸という三拍子揃った小説なのである。

 美しくも哀しい恋愛小説であり、不穏なクライムノベルであり、そして奥行きのある家族小説だ。

(文藝春秋 2200円+税)

【連載】北上次郎のこれが面白極上本だ!

最新のBOOKS記事

日刊ゲンダイDIGITALを読もう!

  • アクセスランキング

  • 週間

  1. 1

    大谷翔平の28年ロス五輪出場が困難な「3つの理由」 選手会専務理事と直接会談も“武器”にならず

  2. 2

    “氷河期世代”安住紳一郎アナはなぜ炎上を阻止できず? Nキャス「氷河期特集」識者の笑顔に非難の声も

  3. 3

    不謹慎だが…4番の金本知憲さんの本塁打を素直に喜べなかった。気持ちが切れてしまうのだ

  4. 4

    バント失敗で即二軍落ちしたとき岡田二軍監督に救われた。全て「本音」なところが尊敬できた

  5. 5

    大阪万博の「跡地利用」基本計画は“横文字てんこ盛り”で意味不明…それより赤字対策が先ちゃうか?

  1. 6

    大谷翔平が看破した佐々木朗希の課題…「思うように投げられないかもしれない」

  2. 7

    大谷「二刀流」あと1年での“強制終了”に現実味…圧巻パフォーマンスの代償、2年連続5度目の手術

  3. 8

    国民民主党は“用済み”寸前…石破首相が高校授業料無償化めぐる維新の要求に「満額回答」で大ピンチ

  4. 9

    野村監督に「不平不満を持っているようにしか見えない」と問い詰められて…

  5. 10

    「今岡、お前か?」 マル秘の “ノムラの考え” が流出すると犯人だと疑われたが…