「父を撃った12の銃弾」 ハンナ・ティンティ著 松本剛史訳
父親の体には、たくさんの銃弾の痕がある。ルーはその傷痕を見て成長する。父さんの傷はどうしてあんなにたくさんあるんだろうと。旅暮らしなので、いつも友人が出来る前に引っ越す連続だが、そのことに不満はない。母さんはどんな人だったのだろうと思うだけだ。いじめに遭ったり(それでもこの少女は黙ってやられていないから頼もしい)、幼い恋をしたりして少女の日々は過ぎていく。
並行して語られるのは、父親ホーリーの青春記だ。銃弾の痕がなぜ出来たのか、その経緯をひとつずつ語る回想が挿入されていく。中でも印象深いのは、リリーに撃たれることになった経緯だ。お涙ちょうだいの美談をでっちあげてトラックを盗もうとした15歳の少年をホーリーが叩きのめしたとき、彼の圧倒的な暴力を止めるためにリリーは銃を発射する。いくらホーリーの体ではなく、足に向かって発射したとはいえ、激しい女性といっていい。
不穏な空気がどんどん膨れ上がって、ラストになだれ込んでいくストーリー展開もうまいが、なんといっても自然描写が素晴らしい。生まれたばかりの娘ルーを連れて、母親リリーと父親ホーリーが湖で泳ぐシーンが特に美しい。つまり、人物造形が巧みで、ストーリーも面白く、描写も秀逸という三拍子揃った小説なのである。
美しくも哀しい恋愛小説であり、不穏なクライムノベルであり、そして奥行きのある家族小説だ。
(文藝春秋 2200円+税)