「燃える川」ピーター・ヘラー著、上野元美訳
とてもシンプルな話だ。2人の大学生、ウィンとジャックがカナダ北東部にカヌーの旅に出て、川を下るだけの話である。これがスリリングな話になるのは、町に出るまで10日はかかるのに食料が数日分しかないからだ。
まあ、これは魚を釣って食すればいいからなんとかなる。しかしそんな時間をかけていられないのは、重症の女性をわけあって助けたので、早く町の医者に見せなければならない。
ところが、急いで川を下ることに躊躇するのは、ネタばらしになるのではっきりとは書けないけれど、下流のどこかに彼らを待ち構えている男がいると予想されることだ。つまり、ゆっくりとはしていられないけれど、むやみに急ぎすぎるのも問題なのだ。
さらに、物語に不穏な空気が漂うのは、冒頭近くに登場した2人の男。あいつらは何者なのか。ただの、通りすがりの男たちではない。何か、ただならぬことをしそうな雰囲気が漂っている。
これだけでも大変なのに、駄目押しは山火事だ。大きな山火事が迫っているのだ。実はこの山火事の描写が本書の白眉。こんな山火事、見たことがない。
「あいつらはしゃべっているんだ」という消防士のいとこの言葉をジャックが思い出す箇所に留意。燃え盛る炎の中でパチパチと空気が爆ぜ、川が唸り、森が爆発し、大地の底からすごい音が響いてくる――この描写がとにかく圧巻だ。
(早川書房 1140円+税)