「羊は安らかに草を食み」宇佐美まこと著
ただいま絶好調の宇佐美まことの新刊だ。今回もたっぷりと読ませる。
二十数年前に俳句教室で知り合った益江86歳、アイ80歳、富士子77歳の3人は、これまで何度も3人旅をしてきた。これは、その3人が「最後の旅」に出る話だ。
益江86歳の認知症の症状が少しずつ進行しているので、脚が丈夫なうちに、益江を連れて彼女がかつて暮らした町をまわろうというわけである。たぶん3人揃っての旅はこれが最後になるだろう。というわけで、滋賀県大津市、愛媛県松山市、そして長崎県を訪問することになる。つまり、老女3人のロードノベルだ。
ここまでは、まあ、こう言ってよければ、普通の展開といっていい。いや、益江がそれらの町で若き日にどんな日々を送っていたのか、そのディテールを書き込めば、それなりに感動的な話は出来上がる。しかし、宇佐美まことがそんな普通の小説を書くわけがない。時間線を遡る旅は、もっと激しく遡るのだ。この予想外の展開がいい。
なんと益江の少女時代に遡るのである。彼女が満州で終戦を迎えたときは10歳。たった1人で混乱の大陸を生きる少女の話がここから始まっていくのだ。これがすごい。
特に、泥棒市や人買い市場が立つハルビンでたくましく生き抜く11歳の日々が鮮やかだ。過酷な状況にも負けない少女の姿を読むだけで元気が出てくる。これはそういう小説だ。 (祥伝社 1700円+税)