密を避けて文学で交流 最新海外小説特集
「複眼人」呉明益著、小栗山智訳
政府は反対を押し切って、オリンピックを強行開催するようだ。しかし、海外からの観客もなく、選手たちとの交流もなく、果たして平和の祭典といわれてきたオリンピックといえるのだろうか。せめて、文学作品で世界各国と心の交流を結ぶのはいかがだろう。今週はアジアや欧米各国の話題作を紹介する。
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生まれてから180回目の満月を迎えたアトレは、自ら作った舟で戻ることのない航海に出る。それがワヨワヨ島に生まれた次男の掟だからだ。食料も水も尽き、大海を漂うアトレは、とある島に打ち上げられる。その島は、ありとあらゆる色や形の不思議な物でできていた。
一方、台湾H県に暮らすアリスは、パートナーのトムと息子のトトが登山に行ったまま戻らず、悲嘆の日々を過ごしていた。アリス一家の海辺の家は、度重なる地震と水害によって海にのみ込まれようとしているが、自殺するつもりのアリスにはもうどうでもいいことだ。
数日後、アリスが住む海辺の町にマスコミが集まり始める。彼らは、間もなく海岸に衝突する巨大なゴミの島を取材にきたらしい。
神話とディストピア、自然科学、そしてファンタジーが融合した意欲作。
(KADOKAWA 2420円)
「なりすまし」スザンナ・キャハラン著 宮﨑真紀訳
ノンフィクションだが、その読みごたえと展開はさながら探偵小説の趣。
2009年、自己免疫性脳炎を発症した著者は、症状が似ている統合失調症と診断され、精神科病院への移送が決定。しかし、ある医師が誤診に気づき、適切な治療によって回復する。「精神病とは何か? 狂気と正気をどこで線引きするのか」という疑問を抱いた著者は、約50年前に心理学者のローゼンハンが書いた論文を知る。彼は、幻聴があるふりをした偽患者を精神科病院に送り込み、統合失調症と診断させ入院させたのだ。
精神疾患の診断がいかに曖昧なものかを暴いた彼の論文は、精神医学の正当性に疑問を投げかけ、精神医学会の大改革のきっかけとなった。著者は残された資料を調べ、関係者を探し取材する中、論文にある不正行為があったことに気づく。
(亜紀書房 2420円)
「ミシンの見る夢」ビアンカ・ピッツォルノ著 中山エツコ訳
コレラで身内を失った5歳の私は、一人残った祖母に引き取られる。貧しかったが、お針子の祖母は裁縫仕事で私を養ってくれた。
7歳になると私も針を持ち、祖母を手伝いながら、技術を学んだ。やがて仕事で出入りする大地主の屋敷の一人娘エステルが侯爵と婚約。私たちは花嫁道具の衣装やリネン類の一切を任される。2年がかりのその仕事を終えたある日、祖母が発作で世を去り、私は16歳で天涯孤独になってしまう。
注文もなく途方に暮れていると、嫁いだエステルから生まれてくる赤ん坊の産着を縫う仕事が入る。エステルの寝室で作業をしていると、暖炉の煙突を通じ、階下の侯爵と医師の恐ろしい会話が聞こえてきた。
19世紀末のイタリアを舞台に、階級社会の底辺を生きる少女が成長していくさまを描く長編。
(河出書房新社 2695円)
「僕が死んだあの森」ピエール・ルメートル著 橘明美訳
ボーヴァル村に住む12歳のアントワーヌの家は、母子家庭でペットを飼うこともゲームも禁じられていた。そんな彼にとって、隣家の飼い犬オデュッセウスは、親友以上の存在だった。友人らがゲームに興じる間、森でツリーハウスを作って時間を潰すアントワーヌにオデュッセウスはいつも付き合ってくれた。
しかし、ある日、オデュッセウスが車にはねられ、主人に安楽死させられる。翌日、森で悲しみにくれるアントワーヌの前に隣家の6歳の息子レミが現れる。彼の父親に対する怒りが爆発したアントワーヌは思わず振り上げた枝でレミを殺してしまう。村人総出で捜索が始まり、いよいよ遺体を隠した森に捜索隊が向かうことになった夜、村は暴風雨に襲われ甚大な被害が出る。
ベストセラー「その女アレックス」の著者による長編サスペンス。
(文藝春秋 2090円)
「不滅の子どもたち」クロエ・ベンジャミン著、鈴木潤訳
1969年、マンハッタンのユダヤ人家庭で育った13歳のヴァーヤは、3人の弟妹と「預言者」を訪ねる。噂によると、その女預言者は人が死ぬ日を正確に言い当てるらしい。
4人は1人ずつ部屋に招き入れられる。11歳の弟ダニエル、9歳の妹クララ、7歳の末っ子サイモンと続き、女の前に座ったヴァーヤのその日は、2044年1月21日だった。言われたことは誰にも話してはならない約束だ。
9年後、父親の葬儀に集まった4人は、あの日の秘密を打ち明けあう。数週間後、サイモンは彼が家業を継ぐと信じている母親に黙って家を出る。予言が正しいとすると、人生が違ったものに見えてきたからだ。ゲイのサイモンは、自分のために生きることを選択し、憧れのサンフランシスコを目指す。
命が尽きる日を知ってしまった4人の人生を描くアメリカ発の話題作。
(集英社 3080円)